クルマを買うときのオプションのひとつに「寒冷地仕様」がある。車種によって異なるけれど、バッテリーの大型化など電力系統を強化したり、リアワイパーや熱線式リアデフォッガー、リアフォグランプが追加されたりする。
電車にも寒冷地向けの装備がある。最もわかりやすい装備は乗降ドア開閉ボタンだ。寒い時期は乗降ドアから冷気が入り込んで暖房が効かない。ドアの開閉を手動式にすれば、乗降するドアだけ開閉できる。JR東日本ではおもに北関東以北の車両に装備しているけれど、湘南新宿ラインや上野東京ラインの開通によって南関東の東海道線や横須賀線でも見られるようになった。
JR北海道の電車は通勤型を例外として、普通列車用も乗降ドア付近がデッキになっていて、客室とは壁で仕切られていた。これも耐寒仕様だ。本州より南の特急・急行用車両のほとんどもデッキと客室は仕切られているけれど、これはおもに静粛性を高めるため。冷房の効きを良くするためでもある。JR北海道では普通列車用の車両もデッキと仕切り扉があるわけで、暖房効率を高めるためのちょっとぜいたくな設計といえる。
2015年3月に引退した711系電車は、JR北海道の寒冷地仕様電車のルーツともいえる。営業用としては日本初の交流専用電車として知られているけれど、北海道で運用するための強力な耐雪装備も特徴だった。その中でも特徴的な設備は、客室内に設置された機械室のような部屋だ。「ブーン」と音が鳴っている。トイレのような大きさだけど、乗客は入れない。乗務員室でもない。乗客がトイレと間違えないように、わざわざトイレの方向を示す矢印付きのステッカーが貼られていた。
この謎の部屋の名前は「雪切り室」。モーターを冷却するための空気と雪を分離するための設備だ。モーターは回転すると発熱して性能が落ちる。クルマのエンジンと同じで、オーバーヒートを防ぐために冷やさなくてはいけない。
当時の電車のモーターは空冷式で、外部から空気を取り込んでモーターを冷やしていた。しかし雪国では床下にモーターの吸気口があると、舞い上がった雪が入り込む。雪が詰まると空気は通らないからオーバーヒートの原因になる。そこで耐雪装備として、車体の上部から空気を取り込んで、ダクトでモーターへ誘導した。ところが北海道は粉雪が多く、この程度では雪を分離できない。そこで客室に大きな雪切り室を設置し、車体側面の大きなルーバーから空気を取り込み、入り込んだ雪を分離してから送風機でモーターへ空気を送った。
雪切り室は711系以降の北海道向け電車に採用された。また、東北・上越新幹線の初代車両200系や、直流近郊形電車115系のうち、上越線・信越本線用の1000番台にも装備された。その後、技術の進歩によってモーターの発熱量が小さくなり、吸気システムが改良されたため、200系より後の新幹線車両では雪切り室は装備されていない。
JR北海道の車両は雪切り室も小さくなり、部屋と呼べるほど大きくはない。デッキ側に置くなどで客室に張り出さなくなった。しかし、ドア横などに配置された大きめのルーバーで、雪切り室の存在を確認できる。