上越新幹線で新潟に向かう。高崎駅を発車した後、順調に速度を上げる。しかしトンネルに入ってしばらくすると、列車は次第に速度を下げてしまう。「あれ、もう次の駅だっけ?」と思うけれど、かなりスピードを落とした後、何事もなかったように再び加速する。
「前の電車に追いつきそうだったのかな……」と思ったら、次に乗ったときも同じタイミングで減速した。じつは上越新幹線のすべての列車が、いつもこの場所で減速している。いったい何が起きているのだろうか?
トンネル内に時速160km制限区間がある
東京駅と新潟駅を結ぶ上越新幹線。太平洋側と日本海側を約2時間で結び、そのスピードには驚かされる。列車の最高速度は時速240kmだ。
しかし、高崎~上毛高原間のあるトンネルに、時速160kmの速度制限を設けた区間がある。暗いトンネルの中だからわかりにくいけれど、ここには急なS字カーブが存在する。新幹線は原則として、曲線半径が4,000m以上(東海道新幹線などを除く)になっているが、この区間だけは半径1,500mだ。
トンネル内のS字カーブはGoogleMapでも再現されていて、これが新幹線列車がスピードを落とす理由になっている。
このトンネルの名は「中山トンネル」。山を一直線に貫くはずのトンネルの中にあるS字カーブは、時速240kmの新幹線にとって、まるでサーキットのシケインのような存在だ。カーブの理由は出水事故によるルート変更だった。トンネルの着工は1972年。全長約14kmのトンネルは、火山噴出物が堆積した地質で、当初から難工事が予想されていたという。
北川修三氏の著作『上越新幹線物語1979 中山トンネル スピードダウンの謎』によると、トンネル工事は地質改良を実施しつつ慎重に進められたものの、1979年3月に大規模な出水事故が発生し、建設設備が水没してしまう。その復旧がやっと終わったものの、1980年3月に付近の別の場所で大規模な出水事故が発生した。それより前から付近の村では水源の枯渇が始まっており、このトンネルは地下水脈を掘り当ててしまった。結果、当初のルートでの工事続行は不可能と思われた。
だが別の新たなトンネルをつくる時間はなく、大幅な建設費増額となってしまう。そこで特例として、湧水地帯を迂回する措置が取られた。そして現在の不思議なS字カーブとなった。本来なら最高速度を維持するため、障害物を避けてなるべくまっすぐに建設されるはずのトンネルで、急カーブができてしまった。もっとも、この減速運転でも、所要時間は当初の予定より数十秒程度増えただけという。
中山トンネルの出水事故とルート変更はさまざまな教訓を残した。これ以降、トンネルのルート策定には十分かつ慎重な地質調査が行われるようになった。従来、トンネルといえば一直線が基本だったが、現在建設中の北陸新幹線のトンネルは危険な地質を避けるよう、減速せずにすむ程度のカーブが連続している。中山トンネルの経験から、日本のトンネル掘削技術は大幅に向上し、その後の日本のトンネル工事に生かされている。
ちなみに、『上越新幹線物語1979 中山トンネル スピードダウンの謎』は技術書ではなく実録物語。トンネル周辺に住む人々への渇水対策、トラブルから信頼の回復まで、トンネル工事に関するさまざまなドラマが描かれている。
同書を読むと、普段ならイライラしてしまいそうなトンネル内でのスピードダウンも、建設に携った関係者への尊敬に変わる。「仕事とは何か」について考えさせられる内容も多い。これから社会に出ようとする人にもおすすめの良書である。