本連載の第28回では「見えないものは改善できない」と題し、業務を改善する際に現状を可視化する意義と、目的に応じた可視化方法についてお伝えしました。本稿では仕事量のコントロールによってスピードアップを実現するというお話をします。

次から次へと仕事を引き受けて、ふと気がつくと大量に仕事を抱えてしまっていることはありませんか。それでも体は1つしかないので案件を1つずつ順番にこなしていくしかなく、普段より急いで対応しているのに仕事の増加ペースに追い付かない。

さらに対応が遅れて待たせてしまっている顧客からの催促のメールや電話が増えてきて、それらに返答する仕事が上積みされて次第に追い込まれ、窮地に立たされてしまう。自分は急いで対応しているのに待たせてしまっている顧客や上司から「対応が遅い」と叱責されて、一体どうしたものかと途方に暮れている方も少なからずいらっしゃると思います。

なぜスピードが落ちるのか

普段通り、いや普段より急いで仕事をこなしているのに顧客を怒らせてしまう事態に陥ってしまうのは、釈然としないのではないでしょうか。実はそのカラクリは「仕事の詰め込み過ぎ」で説明がつきます。これは、自分の仕事のペース以上に仕事を引き受けることで対応スピードが落ちてしまう厄介な現象です。

特に所要時間が案件によって大きく変わらない仕事においては、仕事を引き受けてから完了するまでの日数、即ち「リードタイム」は「仕掛りの案件数」(引き受けたが完了に至っていない案件の数)を「1日あたりの案件完了数」で割ることで算出できます。

リードタイム(日数)=仕掛りの案件数÷1日あたりの案件完了数

なお、割る数を「1週間あたりの案件完了数」とすればリードタイムは日数ではなく週数で出せますし、月単位や年単位などに変更することも可能です。また、「案件」を「対応顧客人数」や「手続き件数」などに変えればさまざまなものに応用できます。

考案者の名前から「Little’s Law」と呼ばれるこの計算式が意味することは、仕事のリードタイムを短縮する方法は「1日あたりの案件完了数」を増やすだけでなく「仕掛りの案件数」を減らすことによっても実現できるということです。

例えば、顧客からの問い合わせメールに一日平均100件ずつ対応できるAさんがいたとします。Aさんが前日までのすべての問い合わせを当日中に完了していたとすると、新しく受領するメールが100件であればリードタイムは、受領メール100件÷一日あたりの処理メール100件で「1日」と算出されます。つまり、顧客は1日で返信してもらえるということになります。

ところが何らかの理由で一時的に問い合わせが急増し、ある1日だけ問い合わせが500件あったとします。それでもAさんの問い合わせ処理件数が変わらず1日100件だったとすると、常に400件の問い合わせが未処理のまま翌日に持ち越されます。そうすると、毎日の受領メール100件と合わせて合計500件が常に仕掛り件数になり、以降の問い合わせ対応のリードタイムは5日になってしまいます。

リードタイム5日=未処理問い合わせ件数500件÷1日あたりの問い合わせ対応件数100件

つまり、たった1日、問い合わせが急増しただけで翌日からは元通りの件数に戻ったにもかかわらず、そしてAさんの処理スピードは常に一定にもかかわらず、それ以降に問い合わせメールを送る顧客はそれまでの5倍も待たなくてはならない状況に陥ってしまったということです。

このことを直感的にご理解いただくために、同様の現象が日々起きている高速道路の待ち時間を例に考えてみましょう。以前はすべての料金所で係員が通行料を徴収していましたが、ETCの導入により1台あたりの車の通過時間は劇的に短くなりました。各々の車が停車せずに通過していくので混雑していなければ待ち時間はほぼゼロで通れます。ところが、ETCが導入されている料金所でさえも渋滞が発生し、長く待たされるケースがあります。

これはETCの処理能力を上回る交通量が発生すると、ETC通過待ちの車が増えることでリードタイムが伸びてしまうという現象です。例えば1台の車が3秒で通過できるETCゲートが1カ所ある場所に、3秒ごとに1台の車が到着したら通過するのにかかるリードタイムは3秒で済みますが、ある時点で何らかの理由で交通量が急増し、1秒ごとに1台の車が来る状況が10分間続いたとします。すると、その後に到着した車はなんと20分も待たなくてはならなくなってしまいます。この計算式は以下の通りです。

リードタイム20分=10分後の通過待ち車両数400台÷1分あたりの通過車両数20台

なお、ここでの通過待ち車両数は、1分あたりの到着車両数60台から1分あたりの通過車両数20台を引いた40台が10分間増え続けると考えて、40(台)×10(分間)で算出しています。この料金所での渋滞と同様の現象により、仕掛りの仕事量が増えるとスピードが落ちてしまうのです。

仕事の受け入れペースをコントロールしてスピードを上げる

ここまでで、仕事を受けるペースがリードタイム、すなわちスピードに大きく影響することを理解していただけたかと思います。では次に、スピードを上げるためにどうやって仕事を受けるペースをコントロールすればよいかについて考えます。

そのヒントの一つは某人気テーマパークのファストパスにあります。もしファストパスがなければ開園と同時に人気アトラクションに人が殺到し、あっという間に1時間待ち、2時間待ちという状況になってしまいます。例えば1分間に30人が乗車できるアトラクションに、開園から毎分300人が殺到し、その状況が10分間続いたとすると、待ち時間は10分後には90分になってしまいます。

リードタイム90分=10分後の行列の人数2,700人÷1分あたりの対応人数30人

※行列の人数2,700人は、(毎分の到着人数300人-1分あたりの対応人数30人)×10分間、で算出できます。

そこでファストパスを導入し、開園時に人気アトラクションに殺到する人数を空いている時間帯に散らします。それによって開園時に殺到する人数を半減させ、1分ごとに150人が到着するようにしたとします。その状況が先ほど同様に10分間続いたとすると、待ち時間は同じ10分後に40分になります。

リードタイム40分=10分後の行列の人数1,200人÷1分あたりの対応人数30人

※行列の人数1,200人は、(毎分の到着人数150人-1分あたりの対応人数30人)×10分間、で算出できます。

なんと、ファストパスによって50分も待ち時間が短縮できたというわけです。ファストパスは多くの来園者にとっては「ほとんど待たずに乗れる便利なチケット」という認識だと思いますが、実はファストパスをもらっていない人の待ち時間も減らすという恩恵がある、大変よく考えられた仕組みなのです。

さて、ファストパスの仕組みをそのまま職場に適用するというわけにはいかないと思いますが、その考え方は取り入れられるかもしれません。1年、1カ月、あるいは1週間の中で仕事の依頼が集中する時期がある程度わかっている場合であれば、その時期に受ける依頼を他の時期に分散させられないかと考えてみるのです。もちろん、先方にとって不都合にならないような方法を採用することで不満を感じさせないような工夫は必要です。

先ほどの問い合わせ対応の例でいえば、自社サイトなどで問い合わせ対応にかかる想定所要時間を発信するという手も考えられます。例えば問い合わせが殺到する時期については「ご対応に3営業日ほどかかります」、問い合わせがほとんどない時期については「1営業日以内にご対応できます」などと自社の問い合わせフォームのページに表示しておくことで、顧客の問い合わせが殺到する時期の件数を分散させ、平準化させられるかもしれません。

さて、本稿では仕事を過剰に詰め込んで抱えている状態が仕事のスピードを落とすことにつながるということと、仕事を引き受けてから完了させるまでのリードタイムを算出する計算方法、ならびに仕事を引き受けるペース配分のコントロールによって処理スピードを上げる方法をお伝えしました。ぜひご自身の職場にも適用して効率を上げていただければと思います。