いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。
今回は、西荻窪のラーメン店「はつね」をご紹介。
西荻窪のラーメン店「はつね」
西荻窪駅南口を出ると、すぐ斜め右に見える牛丼チェーン「松屋」脇を入ってすぐ右。つまり、駅から歩いて数十秒。いかにも西荻らしい雑然とした路地の一角の、古い建物で営業を続けているのが「はつね」。昭和36年から、タンメンで高い評価を得ている人気店です。
でも、じつはもうずいぶんお邪魔していなかったんですよね。なぜって、いつも行列ができている印象があったから。自分に並んだ経験があるわけでもないのに、気がつけば「いつも行列ができている店」というイメージだけが肥大化していたのです。よくないことやね。
ところが先日、知り合いから「時間帯によりますよ」という情報を得たんですよ。そうなのか。だったら、ひさしぶりに行ってみようかな。そう思い立ち、開店時刻の11時少し前に訪れたのはとある金曜日のこと。平日の開店前なら、「時間帯によりますよ」をらくらくクリアできるだろうと予想したものでね。
ところが……
行列、できてますやーん。
のれんも出ていない開店前にもかかわらず、すでに10人近い方々が並んでいらっしゃいますねえ。つまり「時間帯によりますよ」は開店前を意味していたわけではなかったのだな。
並ぶのは好きじゃないし、出なおそうかなとも考えたのですが、そこまでするのもなんだかな。ってなわけで、並んで待つことに。
結果的には入るまでに30分くらいかかりましたが、それはまあ仕方のないことでもあるのです。
なにしろご主人ひとりだけで、カウンター席が5つ並ぶお店を切り盛りしているのですから。しかも、忙しそうに調理を進めながら、しっかり外の列にも目を向けていらっしゃる。そして、少しでも手が空いたら外に出てきて、先頭の人から順番に注文を聞いていくのです。
つまりは真摯な姿勢が伝わってくるからこそ、こちらとしてもストレスを感じることなく待てるのでしょう。ともあれそんなタイミングで「ご注文は?」と聞かれたので、「タンメンにチャーシューをのせてください」とお願いしたのでした。
やがて「どうぞ」と声がかかり、カウンター中央の席へ。
NHKラジオがかかっていて、僕が座ったと同時にビートルズの「レット・イット・ビー」が流れてきたので、なんだか意味なく(そして密かに)ウケてしまいました。
ご主人は寡黙ですが、とはいえ必要以上に頑固だったりするわけではありません。ただ仕事に熱心なだけであり、つまりはよい意味で職人的なのです。その証拠に動きはキビキビとして無駄がなく、つねに動いているのにお客さんにもしっかり目を向けている。見ていてそれがわかるから、待っているだけでも安心できるわけです。
ちなみに当然ながら、お客さんはみな人気メニューのタンメンを注文しています。僕と同じく「タンメンにチャーシュー」と頼む方もたくさんいらっしゃいました。
ほどなくカウンターの仕切りをはさんだすぐ向こうにどんぶりが3つ並び、タンメンが3つ盛りつけられていきます。そのうちのひとつが僕のぶんだろうなと思っていたら、予想どおり「お待たせしました」とどんぶりが目の前に差し出されました。
透明感のある……などという表現が陳腐に感じられるほど透明で美しいスープ、こんもりと盛られたキャベツ、もやし、にんじん。そしてチャーシュー。それらの見た目すべてが昔のままです。懐かしいなあ。
しかもそのスープは、柔らかな見た目からは想像できないほどしっかりとした味。濃すぎず、薄すぎもせず、絶妙というしかないバランスのよさなのです。
もちろんコシのある中太麺との相性も絶妙ですから、どんどん箸が進みます。
シャキッとした野菜も、スープと麺の持ち味をうまく引き立ててくれていますねえ。
いや、スープと麺が野菜本来の旨みを引き立てているとも考えられるな。しかも、そこにチャーシューが加われば、全体の立体感がさらに際立っていくような印象。ここでのチャーシューの立ち位置は「トッピング」であり、バンドでいえば(またバンドにたとえるのかよ)サポート・ミュージシャンですが、これはもう正式メンバーに認定してもいいレベルです。
帰り際にはご主人から「ありがとうございました。お気をつけて」と声がかかったり、最後の最後まで好印象。ひさしぶりにお邪魔したかいがあったし、並んだかいもあったし、本当においしかったし、心の底から満足できました。
●はつね
住所: 東京都杉並区西荻南3-11-9
営業時間: 11:00~16:00
定休日: 日曜・月曜