いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。
今回は、阿佐ヶ谷の中華料理店「大陸飯店」をご紹介。
昔から変わらぬ味、個性派"天津飯"
阿佐ヶ谷駅北口、スマイルホテル向かいの路地を荻窪方面に進んでいくと、そのあたりはもう住宅街。いくつかお店も点在しているとはいえ、基本的には閑静な雰囲気です。
そして、ずいぶん前にご紹介した「サンドーレ」というシブいサンドウィッチ屋さんを通りすぎたら、その先の十字路の向かいに古びた、しかし堂々たる建物が見えてきます。
十字路の左右2か所に赤いドアのあるその店が、2階部分に取りつけられている赤い看板にあるとおり「大陸飯店」という中華料理店。
なにしろ地味ながらも目立つ外観ではあるので、阿佐ヶ谷や荻窪に住んでいる人ならその存在はご存知のはず。日常的にこの道を通っている僕にとってもそれは同じで、この店がここにあることは、もう長いあいだ"日常"の一部分だったのでした。
にもかかわらず、30年くらい前に一度だけ入ったきりだったんですけどね。
だから、そろそろまたお邪魔しなくてはいけないなと思い、ある日のお昼ちょっと前にお邪魔してみることに。
表のショーウィンドウには、「本場の味 長崎チャンポン 皿うどん」と書かれた張り紙が出ています。そしてよく見れば、横のほうに小さな赤い文字で「おすすめです」ともあります。
つまり、長崎出身の方がやっているお店であると思われます。となれば当然ながら、チャンポンか皿うどんを頼むべきではありましょう。
しかし、"そういうわけにもいかない個人的な事情"もあったのでした。
それはともかく入ってみましょう。赤いドアを開くと、外観から想像できるとおり店内は広々としています。入ってすぐ右側にテーブル席が2卓あり、正面には厨房に向かってカウンター席。
4人がけのテーブル席が3卓並んだ左側、すなわち店舗の中央部分は、三角形の敷地を生かした変則的な形状になっており、丸いすりガラスの窓から柔らかな光が差し込んでいます。
うーん、いい雰囲気ですねえ。
メニューを開いてみれば、まず目につくのが「当店おすすめ本場の味」として写真入りで表示された「長崎皿うどん」と「長崎ちゃんぽん」。やはりこの2種が最大のおすすめのようですが、しかしその上部にランチセットの「チャーハンと小ラーメン」「焼肉丼と小ラーメン」が赤い文字で表示されているところから察するに、意外と柔軟性はありそう。
必要以上に、皿うどんとちゃんぽんを強制しているわけではないということです。
僕にとってそれは、ありがたいことでもありました。なぜって上記の"個人的な事情"があったから。
別にたいしたことじゃないんですけど、30年前の来訪時にいただいた「天津飯」がすごくおいしかったので、それをまた食べたかったのです。いま食べたらどう感じるのかなと思って。
というのも、ここの天津飯がちょっと変わっているんですよ。一般的に天津飯といえば、甘酢の餡がかかっていたりするじゃないですか。でも、ここは違って中華出汁を使っているのであろう(推測です)すっきりとした塩味なのです。
天津飯って頻繁に食べるようなものではないけど(少なくとも僕はそう)、ひさしぶりにお邪魔したとなれば、そんな個性派をいただきたいところじゃないですか。
で、ですね、結論から先に書いてしまえば、ほどなくクリーム色のプラスチック・プレートに乗せられて登場したそれは、かつて目にした大陸飯店の天津飯とまったく同じでした(当たり前だけど)。
大盛りのごはんにたっぷりとかかった黄金色の餡は、見た目にも柔らか。しかも具には、蟹もたっぷり入っています。そうそう、こうだった。
味も濃すぎず薄すぎず、ごはんとの相性抜群。
必要以上に尖っていない味だからこそ、するすると食べられてしまいます。でも、だからこそかき込まず、しっかりと味わわなくちゃ。そう思ってゆっくり食べていたら、30年分の記憶が一気によみがえってくるような気さえしました。
帰り際にお聞きしたところ、今年で52年目なのだとか。ということは、30年前にお邪魔した際にも、すでに20年の歴史があったということですね。すごいぞ。
●大陸飯店
住所: 東京都杉並区阿佐谷南3-41-19
営業時間: 11:30~14:00、17:00~20:00
定休日: 日曜日