いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。

今回は、豊田の食堂「ふじ」をご紹介。

  • まさに昭和な地元食堂「定食 ふじ」(豊田)

「みなさん、いまからおみそ汁が出ますよー」

豊田駅って北口はそこそこ栄えているけれど、南口に関しては地味だなという印象を拭えなかったのです。などと失礼な話ではありますが、実際のところお店も少なく、住宅街って感じですからね。

ところが所用でその南口を訪れた際、とっても魅力的なお店を見つけてしまったのです。少なくとも、個人的には大当たり。この連載とのコンセプトともばっちり合致しているんですよ。

  • ここからすでにシブい

駅を出て真正面のファミリーマート前の道を立川方面に進むと、すぐ左側に見えてくる「定食 ふじ」というお店。

白地のシンプルな看板は、本来は赤かったのであろう上部の「サッポロビール」という部分が完全にすすけております。脇に下がる「焼き鳥」と書かれた赤ちょうちんも、ベロをつけたらちょうちんオバケになりそうな年季の入りかた(それはそれでかわいいけど)。

  • 手書きのメニューもイケてます

この時点で、「ここは間違いない」と響くものがあったのです。そして、左側の石畳を渡った突き当たりにあるお店に目をやると、その思いは確信に変わりました。なにしろ、そこはほとんど民家。

それに建物上部、本来なら屋根であろう部分はブルーシートで覆われています。これはすごい。入らないという選択肢なんかないに決まってます。

  • ブルーシートのインパクト

店内は、中央にコの字型のカウンター。そして、暖簾で遮られた向こう側が厨房になっているようです。テーブル席はなく、カウンターも感染対策用のアクリル板で仕切られているので、入れる人数は限られていますね。

  • 感染対策ばっちり

真ん中あたりの席に座ると、まず印象的なのはえんじ色をしたカウンターの質感です。ヴィンテージ・ギターのようにいい感じで塗装が剥げていて、なんとも味わい深いのです。その上には、塩や醤油の容器、コカ・コーラの瓶、赤べこなどが無造作に置かれております。

  • 雑然とした雰囲気に味

カウンター左側に電卓やノート、筆記用具、セロテープなどがまとめられているということは、ここが事務スペースなのでしょうか。でも、その反対側のテレビ横にも書類が多数。なお、その真下にはサッポロビールのサーバーがあるのですが、本来ならジョッキをセットするべきところにはビニール袋に入ったキュウリが置かれておりましてですね。うーむ、謎だぜ。ところで、右奥の壁にオレンジ色のジャイアンツのユニフォームがかかっているということは、店主が野球ファンなのかな?

  • 掲示物もたくさん

ってな感じで情景描写をしていくとキリがないのですが、とにかく情報量が多いのです。いや、多すぎます。でも、こういう雰囲気って最高。次々と入ってくるお客さんも、みんなこの混沌とした感じがお好きなんでしょうね。しかも驚くべきは、ひとりで入ってくる女性も何人か見受けられたこと。完全に地元に根づいているのでしょう。

  • メニューの短冊が超充実

茶色い壁には品目の書かれた黒いプラスチック製の短冊が並び、その下にも白い紙の短冊がズラリ。アルコール類も充実しているので、夜は飲みに来る人も多いのではないでしょうか。こういう場所で飲めたら最高に決まっていますけど、この日は飲むわけにもいかず、ぐっと我慢。

で、どうしようかなと短冊を眺めていたら、気になるものを見つけたんですよ。

「ウインナーピーマン」

そっけないというか、地味というか華がないというか、でも妙に心をくすぐられます。そこで、「ウインナーピーマンの定食を」とオーダー。

その時点で店内は、僕を含めて男性がふたり、そして女性がふたり。先に来た女性が「もつ煮込み定食をください」と注文したら、知り合いではなさそうなもうひとりの女性も「私ももつ煮込み定食で」と。

ってことは、ここではもつ煮込みが人気メニューなんでしょうかね。

  • この写真は開店直後のものなので、まだ暖簾は店内に

なお、お店のお母さんはとても明るい方で、配膳の際、先にもつ煮込みを頼んだ女性に「はい、おいしいもつ煮込みです」と話しかけたかと思えば、もうひとりの女性には「はい、こちら、まずくないモツ煮込みです」。

その後も、遅れていた全員分のみそ汁を出す際に、「はーい、みなさん、いまからおみそ汁が出ますよー」とか。

こんなん、みんな笑顔になるに決まってますやん。

  • ウインナーピーマン定食

ところで「ウインナーピーマン」ですが、斜めにカットされたウインナー、ピーマン、にんじんをさっと炒めたシンプルなスタイル。奇をてらったところはないけれど、そんなものなくていいんです。塩気もほどよくご飯が進む、いい意味で“家庭の延長”だから。

  • きれいな色合いも食欲をそそります

トマトがのったキャベツの千切りにかけるためのマヨネーズが、容器ごとどんと置かれるのもナイスでございます。

いやー、ここは最高だなあ。できることなら、夜にも来てみたいところ。ちょっと遠いから帰りが大変そうだけど、きっといい時間が過ごせると思うんですよねー。

●ふじ
住所:東京都日野市豊田4-36-29
営業時間:11:30〜14:00、17:00〜23:00
定休日:日曜