身近だけれど知らない業界のお仕事を覗き込むのは楽しいもの。現在『モーニング・ツー』で連載中の『刷ったもんだ!』は、元ヤンの主人公・真白悠をはじめ癖の強い社員たちによる印刷会社を舞台にしたお仕事コメディー漫画です。
今回、8月23日に発売された最新刊・第10巻を記念して、漫画『刷ったもんだ!』作者・染谷みのる先生に、同作品に込めた想いや最新刊の見どころを伺いました。
『刷ったもんだ!』著者:染谷みのる先生
漫画家・イラストレーター。自身も印刷会社に勤務していた経歴がある。『サンタクロースの候補生』全2巻(芳文社)、『君はゴースト』全2巻(祥伝社)。「モーニング」初登場となった大反響読み切り『あなたに耳ったけ!』は、コミックDAYSで無料公開中。
「印刷会社」のお仕事漫画
――東京の印刷会社・虹原印刷で働く人々を描いたお仕事漫画『刷ったもんだ!』ですが、染谷先生ご自身も、印刷会社に勤務されていた経歴があると伺っています。
美術系の大学を卒業後、印刷会社に就職しました。主人公・真白悠と同じく、ポスターやチラシなどをデザインする部署で働いていましたね。在学中からイラストや漫画の仕事と二足のわらじを履いていたのですが、現在は仕事を辞め、漫画家一本で活動しています。
――誰しも日常的に手に取る本やチラシといった印刷物は身近なものです。しかし「印刷業界」自体に馴染みのない方は多いと思います。印刷業界をテーマにしたきっかけは?
担当編集の方と打ち合わせをしている時に、「最近まで印刷会社に勤めていた」と話したことがきっかけです。
印刷会社にまつわる話はいつか描けたらいいなと思っていたのですが、漫画的に映えそうなシーンがないうえに、内容がマニアックすぎるのでわかりづらいなと。無理だろうなあと思ってこれまで自分から言い出すことはなかったので、形になってよかったですね。
普段から印刷会社と仕事をしている担当編集さんも、印刷会社について知らないことが多いと思っていたそうなんです。当初、青年漫画誌の『モーニング』で連載していたこともあり、仕事のテーマになりました(※現在『モーニング・ツー』で連載中)。最初は「耳かき漫画」を描きたかったんですが、それは読み切りで描かせていただきました(笑)。
――「映えるシーンがない」と話されていますが、業界の裏側を覗く楽しさもあります。現在コミックスが10巻まで続いていますが、お話をつくるコツは?。
事件が起きて解決したり、犯人が捕まったりはしない漫画なので、話が盛り上がるシーンはどうしよう? といつも迷いますね。基本、印刷会社の仕事は黙々と進むことが多いので。そういう時は、人の心の変化や成長に焦点を当てるようにしています。そうするとどんな些細なことでも、グッとドラマチックになるように思います。
長所と短所は表裏一体、濃すぎるキャラが続々
――キャラクターはみんな個性的ですよね。新入社員の主人公・真白悠は元ヤンキーでオタク、さらに虹原印刷の同僚たちも濃いキャラばかりです。
主人公も最初は普通の女の子だったのですが、編集部から「もっとキャラ付けがほしい」と言われて。担当編集さんがヤンキー好きだったこともあり(笑)、面白いなと思ってキャラクターをつくりました。
また、私はとにかく人の名前と顔を覚えるのが苦手なんです。顔がなかなか覚えられないかわりにその人の言動や雰囲気で覚えるのですが、それがキャラクターづくりに活かされていますね。
主人公は「元ヤンオタク」、ほかにも「マジメ御曹司」「変態紳士」「やさしいゴリラ」とか、キャラクターごとに一言で表せるようにしています。
長所と短所って、表裏一体だと思っています。なので、良い所も悪い所も見せるよう心掛けています。ただ、私は短所をより愛してしまうところがあるようで、そうなると癖が強くなってしまいがちですね。
――お気に入りのキャラクターは?
サーバー管理やネット関連、ドローン撮影を担当している同僚の葉田さんはめちゃくちゃ動かしやすいです。
――6巻からは個性豊かな3人の新卒社員も加わりました。
主人公・悠と同じ部署である企画デザイン課には引っ込み思案の女子、営業部にはマッチョ男子、そして生産管理課には上昇志向の強い男子と、3人の新卒社員キャラクターが登場しています。営業の茜は「こんな後輩がいたら面白いな」という私の好みをまとめたキャラなんですが、企画デザイン課の萌木と生産管理課の呉須は「こんな子いるよな〜」を詰め込みながら描いています。
この漫画は担当編集2人と私の3人体制で作っているのですが、この3人が、ちょうど若手・中堅・上司という感じなんです。若手の担当編集さんに同期の話を聞いてもらったり、3人でキャラクターを作っています。
社会人なら思わず共感!? エピソードのこだわりは?
――先輩からのアドバイスを受けたり同僚と協力したり、主人公の悠が苦労しつつも頑張るさまは、印刷業界でなくとも社会人なら共感したくなります。エピソードをつくるにあたり、こだわっている点は?
フィクションの漫画ではありますが、情報に嘘間違いがないようつくっています。執筆にあたり、いくつもの印刷会社さんに取材に協力していただいたり、ネームの確認、そして細かな質問にも答えていただきながら、進めていますね。
また仕事を美化しすぎたくないので、会社の良い部分も悪い部分もちゃんと入れています。主人公たちが働く虹原印刷であれば、休みが無い、週休2日ほしいとか、社員が「ゆるブラック」と愚痴ったり。どこの会社であっても、多少なりとも良いところ・悪いところはありますから。
――印刷会社をテーマにした漫画らしく、『刷ったもんだ!』には単行本ならではの楽しみもあります。
単行本のカバーを外すと、カバー自体を撮影したシチュエーションの写真を入れています。このシチュエーションは単行本の装丁をお願いしているデザイナーさんが考えてくれるんです。
新卒社員が登場する6巻のカバー裏は、初めて直属の後輩ができた悠が気合を入れて準備した後輩のデスクを再現しています。6巻に収録されている第54刷「コツコツと攻めろ!」と見比べてみてください。撮影にあたっては、のど飴で「ようこそ」と書いていますが、飴のメーカーさんに許可取りもするこだわりようです。
また単行本の帯は、印刷会社で使われている特色インキ「DIC」のカラーチップを模したデザインですね。
世の中案外どうにかなる
――最後に、マイナビニュースの読者には就活生や若手社員として働く方も多くいます。「お仕事漫画」を描かれている染谷先生からメッセージをお願いします。
『刷ったもんだ!』の作中では、働くって大変なこともあるけど、案外悪くないよね、ということを伝えたいと思っています。
私自身、就職する時はガチガチに緊張していたんです。デキる奴だと思われないと! という変なプライドがあったりして。あと、家に帰ってから絵や漫画を描いていることを絶対に知られたくなかったので、同僚と付き合う時も壁を作っていました。
でも、なんだかんだ働いているうちに仕事の面白さを知って、同僚とも仲良くなり、すっかりガードがゆるゆるになっていました。今ではその同僚も漫画を応援してくれています。
そういった自分の経験もあって、これから社会に出る方には、働くことにあまり絶望しないでほしいと思っています。確かに大変なことや嫌なこともありますが、いいことや面白いことも結構あったりするので。
ただ、残念ながら「ヤバい会社」というのも存在するので、辞めたからといって全部が終わってしまうことはありません。大企業に入らなかったらダメということも ない。会社や仕事内容によって合う合わないがあるのは当然なので。私の周りの社会人たちも、みんな紆余曲折ありながら案外どうにかなっている印象を受けます。
思い詰めすぎず、世の中案外どうにかなるものだと、気を楽にして生きてほしいなと願っています。
――8月23日には最新の第10巻が発売されました。新刊の見どころは?
10巻は、虹原印刷の「冬の繁忙期」を描いたエピソードを収録しています。冬のコミックマーケットにあわせた同人誌の印刷と、卒業アルバムが重なる時期ですね。お客様のために何をするのか、繁忙期の中でもなんだかんだ楽しんでいる様子を描きました。
また新キャラクターとして主人公・真白悠の兄も登場するので、そのお話にも注目してほしいですね。
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「西中の白虎」と恐れられていた元ヤンの真白悠は、デザインの仕事につきたいという夢を追いかけ、その結果、東京近郊にある中小印刷会社に就職した。もちろん、昔の悪名はひた隠しにして…。大好きな漫画に触れられる仕事ができ、心も躍るが、クセの強い先輩たちに印刷会社あるあるの洗礼を受けたり、ヤンキー気質のボロが出たりと、前途は多難!?
何事にも一途な真白が、印刷会社の荒波にもまれながら奮闘するお仕事コメディー開幕!
現在『モーニング・ツー』で連載しており、8月23日発売の最新10巻は好評発売中。
(c)染谷みのる/講談社