めっきり涼しくなってきた今日この頃。秋の夜長は、劇場で過ごしてみるのはいかが? 心温まる物語にほっこりしたり、登場人物たちの心の動きに自分自身を重ね合わせてみたり……。今月もさまざまに楽しめる3本をご紹介します。

『から騒ぎ』 - 小出恵介、初舞台で蜷川シェイクスピアに挑戦

1998年より彩の国さいたま芸術劇場で上演されている「彩の国シェイクスピア・シリーズ」。演出家・蜷川幸雄がシェイクスピア全37作品を手がける同シリーズほど、シェイクスピア作品の多様な楽しみ方を提示し、現代に生きる我々と400年以上も前に書かれた戯曲との距離を縮める上で大きな役割を果たしているものはないだろう。天才劇作家がヴィヴィッドに書ききったキャラクター、そして彼らが繰り広げる人間模様を、さらにヴィヴィッドに舞台上に描き、観客が自分自身を必ずやどこかに見出せる作品として提示してくれるのだから。

なかでも、シェイクスピアの時代にならい、すべての役を男性俳優が演じる"オールメール・シリーズ"は、これまでに上演された3作品ともヒットを記録した人気企画。今回は、キアヌ・リーヴス出演の映画版も過去に話題となった『から騒ぎ』を、小出恵介、高橋一生、長谷川博己、月川悠貴らの出演で送る。本格的な舞台は初挑戦となる小出が扮するのは主人公ベネディック。彼と会えば喧嘩ばかり、けれどもその実惹かれ合っているヒロイン・ビアトリスを、蜷川作品は10年ぶりとなる高橋が演じる。旬の若手俳優たちの奮闘を楽しみにしたい。

『から騒ぎ』
日程 2008年10月7日(火)~10月23日(木)
会場 彩の国さいたま芸術劇場大ホール(埼玉・さいたま)
W. シェイクスピア
演出 蜷川幸雄
キャスト 小出恵介、高橋一生、長谷川博己、月川悠貴、吉田鋼太郎、瑳川哲朗ほか
料金 S席9,000円、A席 7,000円、B席 5,000円、学生席 2,000円(全席指定) ※当日券を開演1時間前から発売予定

『思い出トランプ』 - デビュー10周年の田中麗奈、向田作品で初舞台

旅先での飛行機事故という衝撃的な死から27年、今なおその作品世界や生き方が共感を呼んでいる作家・向田邦子。直木賞を受賞したその代表作『思い出トランプ』がこのたび初めて舞台化されることになった。 なにげない日常の中にふと見え隠れする人間のさまざまな顔を描いた13篇の傑作から成るこの短編集の作・演出を手がけるのは、劇団「ONEOR8」の田村孝裕。30代前半の若さながら、人間関係を丁寧に紡ぐ作劇・演出に定評があり、人間の機微を鋭くとらえてやまない向田作品にうってつけの人材といえよう。短編群の中より「大根の月」をメインに据え、他作品も重層的に絡み合わせながらオリジナル・ストーリーやキャラクターも盛り込み、田村解釈の向田ワールドが展開されることとなる。

物語の主人公・英子を務めるのは、デビュー10周年にしてこれが初舞台となる田中麗奈。映画を中心に映像作品の分野で活躍を遂げてきた若手女優が、初めての舞台で見せる演技に注目が集まる。キャストも、根岸季衣、山口良一、阿知波悟美、八十田勇一、宮地雅子、弘中麻紀ら、味のある実力派たちが集合。新たなる向田ワールドの展開に期待は高まる。

『思い出トランプ』
日程 2008年10月10日(金)~19日(日)
会場 青山円形劇場(東京・渋谷)
作・演出 田村孝裕(劇団ONEOR8)
キャスト 田中麗奈、根岸季衣、山口良一、阿知波悟美ほか
料金 前売 5,500円、当日 6,000円(全席指定)

『幸せ最高ありがとうマジで!』 - 永作博美を主演に得て、本谷有希子、パルコ劇場に殴り込み!

「劇団、本谷有希子」を主宰し、若手劇作家・演出家として熱い注目を浴びる本谷有希子。小説『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』が三島賞候補、『生きてるだけで、愛。』が芥川賞候補になるなど、小説家としてもめざましい活動を見せており、『腑抜けども~』は佐藤江梨子主演で映画化もされている。

ジャンルを超えて幅広く活躍中の彼女が、満を持してPARCO劇場に進出するのが、新作『幸せ最高ありがとうマジで!』。仮チラシの、「パルコカードの審査も通らなかったのに、本谷、PARCOで演劇やるよ」の文句が、いろいろな意味で胸に痛かったように、人間の欲望や浅ましさを舞台の俎上に載せてやまない本谷が、初挑戦のPARCO劇場でどんな人間を描いてみせようというのか、興味は尽きない。『腑抜けども~』の映画版の演技で数々の映画賞に輝き、舞台作品でも活躍中の永作博美が、本谷作・演出の舞台に初挑戦するのも話題に。20代の若さながら確かな作劇と演出にますます磨きのかかって来た本谷のもと、永作が見せる新たな顔に期待したい。「劇団、本谷有希子」常連の吉本菜緒子をはじめ、近藤公園、前田亜季、広岡由里子、梶原善と、共演陣も個性派の面々が勢揃い。

『幸せ最高ありがとうマジで!』
日程 2008年10月21日(火)~11月9日(日) ※追加公演有
会場 PARCO劇場(東京・渋谷)
作・演出 本谷有希子
キャスト 永作博美、近藤公園、前田亜季、吉本菜穂子、広岡由里子、梶原善ほか
料金 7,000円(全席指定)

あひるのひとりごと

行楽の秋、湖にでも小旅行に行きたいな……と思いつつ、観劇スケジュールで手帳が真っ黒のあひること藤本真由です。さて、秋といえば新国立劇場の新シーズンオープンの季節。10月、演劇ではノーベル賞作家・ピランデルロの未完の傑作を、フランス人演出家、ジョルジュ・ラヴォーダンが演出する『山の巨人たち』が何といっても話題作。オペラでは、"イナバウアー"でおなじみ『誰も寝てはならぬ』が聴けるプッチーニの『トゥーランドット』に続き、ヴェルディの悲劇『リゴレット』の上演も。ちなみに、オペラ劇場のロビーで幕間に供されるプロフィットロール(シュークリームのチョコレートソースがけ)が美味! あひるのお勧め、ぜひ一度お試しを。
藤本真由

舞台評論家。東京大学法学部卒業後、新潮社に入社。2001年に退社し、フリーに。以後、演劇を中心に国内はもとより海外公演のインタビュー・取材を手がけ、新聞・雑誌・公演プログラム等に記事を寄稿している。藤本真由オフィシャルブログ