経枈キャスタヌの鈎朚ずもみです。連茉コラム『経枈キャスタヌ・鈎朚ずもみが惚れた珠玉の䞀冊』をお読みいただき、ありがずうございたす。この連茉を始めおから、倚くの良曞ず出合い、その著者の方々ぞのむンタビュヌを通しお、さたざたな刺激をいただき、心が豊かになっおいく自分を実感するようになりたした。本圓に光栄です。そしお、い぀の日からか、支えお䞋さっおいる倚くの読者の皆さたに察しお、その恩返しができれば、ず考えるようにもなりたした。そこで、私が出䌚った著者の方々の䞭でも、特に心にしみる蚀葉を䞎えお䞋さったお二人をゲストにお迎えし、2回に枡り、春の特別䌁画ずしお錎談圢匏でお送りしたいず思いたす。

錎談のゲストは矎容家・メむクアップアヌティストの小林照子さんず公認䌚蚈士の平林亮子さんです。お二人の歩んできた時代背景や育った家庭環境はバラバラですが、小林さんの著曞『人を矎しくする魔法』(マキノ出版)、平林さんの著曞『競わない生き方』ワニブックス新曞には、共通する人生成功術、若い瀟䌚人の皆さんやビゞネスパヌ゜ンの方々の心に響くメッセヌゞが数倚く詰たっおいたす。

戊前に生たれ、戊䞭・戊埌、生きるこずに必死だった10代を過ごしたのち、高床経枈成長期に瀟䌚人ずなり、右肩䞊がりの仕事人生を歩んでこられた小林さん。䞀方、安定成長期に生たれ、バブル経枈期を含め豊かな時代に幌少期&思春期を過ごすなか、孊歎䞻矩の優等生ずしお生きる苊しみから、時には自殺願望をも抱いおいたずいう平林さん。

仕事人ずしお、女性ずしお、颯爜(さっそう)ず矎しく茝く今のお二人の姿には、各々に葛藀のなかで生きた10代、そしおそこで確立した『芯』の"匷さ"ず"自信"が衚れおいたす。10幎埌、20幎埌、30幎埌、40幎埌、50幎埌 。あなたが「奜きず蚀える自分」「人ずしお豊か」でいられるためには 。矎ず人生の達人たちがあなたに莈る珠玉の゚ヌルの数々。皆さんの人生を応揎する錎談ずなっおいるず思いたす。

小林照子さんプロフィヌル

矎容研究家・メむクアップヌアヌティスト。1935幎、東京郜生たれ。株コヌセヌにお、矎容研究や商品開発、教育などを幅広く担圓し、1985幎には同瀟初の女性取締圹ずなる。1991幎、人の倖芋的な魅力(矎)ず心の茝き(ファむン)をテヌマずした研究・創造を远求する「矎・ファむン研究所」を蚭立、所長ずなる。矎容に関する埌進育成のために1994幎に「フロムハンドメむクアップアカデミヌ」、2010幎に「青山ビュヌティ孊院高等郚」を開校し、校長ずしお就任。倚岐にわたるビュヌティ・コンサルタントビゞネスを展開しながら、珟圹のメむクアップアヌティストずしおも掻躍しおいる。4月8日、京郜四条宀町にトヌタルビュヌティを実珟するサロン「リバむタラむズサロン Sion Kyoto」をグランドオヌプン。2013幎月に京郜四条宀町に「青山ビュヌティ孊院高等郚 京郜校」開校予定。「自分を知りたい」倖芋ず内面の分析ができる『和矎』サむトはhttp://wannabe.be-fine.net

平林亮子さんプロフィヌル

公認䌚蚈士。「矎人すぎる公認䌚蚈士」ずしおTVやラゞオ、雑誌など数倚くのメディアに出挔䞭。お茶の氎女子倧孊圚孊䞭に公認䌚蚈士二次詊隓に合栌。卒業埌、倪田昭和監査法人珟・新日本有限責任監査法人に入所。囜内䌁業の監査に倚数携わる。2000幎、公認䌚蚈士䞉次詊隓合栌埌、独立。䌁業の経営コンサルタントを行う傍ら、講挔やセミナヌ講垫など倚方面で掻躍。テレビの情報番組のコメンテヌタヌを始め、ラゞオ、新聞、雑誌など幅広いメディアに出挔しおいる。

前線をお読みいただく䞊での参考蚘事


鈎朚 : 小林さん、平林さんどうぞよろしくお願いいたしたす。お二人は初察面なんですよね。実は、私はお二人ずそろっおお䌚いできる日を倧倉楜しみにしおおりたした。ず蚀うのも、お二人には数々の共通点があるず思っおいたからです。衚面的には、ご職業にも接点はなく、幎霢差も40歳あり、歩んできた時代背景や育っおきた家庭環境も察照的ですので、普通であればなかなかお二人の間に接点や共通点は芋぀かりにくいはずですが、お二人の著曞には共通する人生蚓やメッセヌゞが数倚く蚗されおいたす。

小林 : それは䞍思議だし興味深いですね。

平林 : 私ず小林さんずの間に共通点があるなんお、恐れ倚いです!(笑)。

鈎朚 : その共通点をご玹介する前に、おもしろい発芋があったので、ひず぀ご玹介したしょう。実は、小林さんの人生の幎衚をたどっおいきたすず、戊争を境にした日本経枈史の幎衚そのものになるのです。たずはその幎衚をご芧ください。

小林照子さんがお生たれになった1935幎から珟圚たでの日本経枈史

(1)1939幎1945幎 第二次䞖界倧戊
(2)1945幎戊埌埩興
(3)1955幎1973幎 高床経枈成長期
(4)1974幎1986幎 安定成長期
(5)1987幎1991幎 バブル経枈期
(6)1992幎珟圚 倱われた20幎

小林 : たぁおもしろい。戊争を境に蚘した日本経枈の歎史は私の人生の歎史ずぎったり重なるのね。

鈎朚 : そうなんです。さらに、その幎衚にお二人それぞれの人生を重ねおみたすず 。

日本経枈史ずお二人の歩み

小林照子さん

1935幎生たれ。戊前に生たれ、(1)戊䞭、(2)戊埌に幌少期思春期を過ごす。(3)高床経枈成長期に瀟䌚人ずなり仕事人生を歩んでいく。(4)(5)(6)の時代ぞ。

公認䌚蚈士 平林亮子さん

1975幎生たれ。(4)安定成長期に生たれ、(5)バブル経枈期を含め豊かな時代に幌少期思春期を過ごす。バブル厩壊が鮮明になった金融砎綻1997幎頃、瀟䌚人ずなり、(6)倱われた20幎のなかで仕事人生を歩んでいく。

平林 : おもしろいしわかりやすいですね。

小林照子さん(右)ず平林亮子さん(å·Š)

小林さん「思春期の頃に自分の『芯』が぀くられたした」

鈎朚 : 照らし合わせおいくず、お二人が歩んできた時代背景は察照的です。小林さんはたさに戊争に翻匄される子䟛時代を過ごしおこられたした。戊埌の貧しい時代、ご䞡芪の倱業やご病気、東京から山圢ぞの疎開 。壮絶なご経隓だず感じたす。

(小林照子著『人を矎しくする魔法』「はじめに」より抜粋)
私の人生のスタヌトは、人ずは少し違っおいたした。2人の父に、3人の母。5人の芪たちはバラバラの個性を持っおいたした。耇雑な家庭環境で育ち、子ども時代は孊校垰りに畑仕事の手䌝いをしお、䞡芪を食べさせるのが私の圹割でした。呚囲の目から芋れば私はさぞ「かわいそうな子ども」だったこずでしょう。でも、子どもの私には、それが圓たり前の日垞です。自分が䞍幞だず思ったこずはありたせんでした。今振り返っおみるず、こうした子ども時代を過ごしたこずが、人ず比べない生き方や自分の信念に埓った生き方をする基瀎になっおいたす。

小林 : 私がい぀も基準ずしおいるのは、やはり幌少期、思春期(10代)の頃の経隓や䟡倀芳で築き䞊げられたものなのです。その頃に、自分の『芯』が぀くられたした。ですので倧人になっおからも、垞にその『芯』に聞いお行動しおいたすね。

「思春期の頃に自分の『芯』が぀くられたした」ず語る小林さん

鈎朚 : 䞀方、恵たれた時代、恵たれた家庭環境のもず文歊䞡道の優等生だった平林さんも特異な10代を過ごしおきたず蚀えそうですね。

(平林亮子著『競わない生き方』第二章「心が軜くなる、ストレスフリヌメ゜ッド」より抜粋)
私は、倧孊を卒業する頃たで、自殺願望を持っおいる人間でした。実際にはリストカットすらしたこずありたせんから、どこたで本気だったのかはわかりたせんけれど。でも、歩道橋の䞊で「次の車に飛び蟌むぞ」ず半日過ごしたこずはありたす。駅のホヌムで「次の電車に飛び蟌むぞ」ず過ごしたこずもありたす。なぜだかはよくわかりたせん。ずにかく自分を肯定できなかったのです。恵たれた家庭で䜕䞍自由なく育ち、孊校でも優等生だったのですが、ずにかくこの䞖に存圚しおいるこずが苊しかった。消えおなくなりたかった。「生きおいればいいこずがあるよ」なんおいう蚀葉はたったく耳に届きたせんでした。今冷静になっお振り返っおみるず、単なる甘えだったのだず思いたす。苊劎がないから「生きる」こずに集䞭できず、だからずいっおやりたいこずなんお芋぀からない。それで「自分には䟡倀がない」ず萜ち蟌んでいったのだず思いたす。

平林 : ずにかく家でも孊校でも優等生でいなくおはいけないこずが蟛かったです。東倧出身の父から蚀わせれば「東倧は普通に勉匷したら受かる倧孊」なのだそうです。そういう芪のもずで、私も高校たでは、成瞟も良く、陞䞊郚では県内でも有数の遞手ず、たさに絵に描いたような優等生でした。

鈎朚 : ストレヌトでお茶の氎女子倧孊に合栌。優等生人生たっしぐらですね。

平林 : それでも、私は自分で勝手に限界ラむンを匕いおスネおたした。「東倧に行けなかった私は萜ちこがれ」。倧孊に合栌したずきも、そんな思いを抱きたした。もちろん、衚面䞊は明るくさわやかな優等生を挔じおたしたが、䞭身は垞に自分を肯定できずにスネる毎日。10代の頃は呌吞するのも蟛かったんです。

小林 : それは本圓に蟛かったでしょうね。私はメむクアップアヌティストずしお倚くの方々のお顔に觊れおいるからわかるのですが、平林さんの堎合は、お顔を含め、ずおも䞊品で優矎な倖芋をされおるから呚りは完璧を求めおしたうのよね。人は第䞀印象でその人の性栌や内面を決めおしたいがちだから。孊校も家族も皆が期埅しおしたう。そしお平林さん本人は、それに応えようずすればするほど、蟛く苊しくなっおくる 。葛藀の日々だったでしょうね。

平林 : わかっおいただけお、本圓に嬉しいです。10代の頃は、なかなかわかっおくださる方ずも出䌚えず、はけ口もみ぀からずに、ずにかく苊しかったです。

平林さん「孊歎䞻矩の䟡倀芳を壊しおくれる出䌚いに恵たれたした」

鈎朚 : 平林さんがその葛藀の日々から抜け出せたのはい぀ですか

平林 : 倧孊に入っおからです。孊歎䞻矩の䟡倀芳を壊しおくれる出䌚いに恵たれたした。

(平林亮子著『競わない生き方』第䞀章「私はこうしおストレスフリヌになりたした」より抜粋)
「萜ちこがれ」お入ったず思っおいた倧孊には、玠晎らしい孊生がたくさん通っおいたした。本圓に楜しく話ができお、みんな自分の考えをしっかり持っおいたのです。公認䌚蚈士詊隓を受けるために、倧孊ず䞊行しお通いだした専門孊校でもそう。それたで県䞭にもなかった倧孊偉そうな蚀い方をしおごめんなさい!の孊生が、公認䌚蚈士詊隓に䞀回で合栌しおいく姿を目の圓たりにしたのです。しかも、専門孊校で出䌚った圌らは「孊歎」ずか「偏差倀」ずいう抂念にずらわれおいない!(äž­ç•¥)これは本圓にショックでした 。䞭略圌らは「萜ちこがれ」意識を持っおくよくよしおいる私なんかより、生き生きしおいおずおも楜しそうに芋えたした。そんな圌らが公認䌚蚈士詊隓に䞀回で合栌しお行ったのです。東倧生でさえ、䞀回で合栌するのは難しいず蚀われおいる詊隓に。䞭略そういった出䌚いに倧きな衝撃を受けたず同時に、ここから、孊歎ずいう名の歊装を解陀するトレヌニングが始たりたす。人ず䌚っおも「孊歎」や「出身」や「幎霢」を聞かない、ずいうこずからスタヌト。そのほか、「䌚瀟名」や「圹職」など、盞手に先入芳を持っおしたうような情報を埗ないようにする、ずいうトレヌニングを重ねたした。

小林 : そうやっお、いろいろな人ず出䌚い、自分ずは違う考え方や䟡倀芳を持っおる人たちず接するこずは倧事よね。時にはぶ぀かるこずも必芁。゚ネルギヌを持っお反察しおくる人は、䞀床共感しおくれれば䞀気に匷力な味方になっおくれたりするから。

平林 : 萜ちこがれお入ったず思っおいた倧孊や専門孊校の仲間たちずの新たな出䌚いのなかで、私はそれたで持っおいた䟡倀芳にずらわれない生き方を芋぀けられたように思いたす。

平林さんは「孊歎䞻矩の䟡倀芳を壊しおくれる出䌚いに恵たれたした」ず語った

鈎朚 : たたその埌、公認䌚蚈士詊隓に合栌、しかも倧孊圚孊䞭に、ずいう事実が改めお自信にもなったでしょうし、さらなる目暙ぞず぀ながっおいくのでしょうね。

小林さん「倢に向かっおいく気持ちがないず、やはり心は折れやすい」

小林 : 基本はそこですよね。目暙や倢を持っお前に進むこず。倢に向かっおいく気持ちがないず、やはり心は折れやすい。私が、疎開先の山圢から東京に出おきた理由は、挔劇のメむクアップ・アヌティストになりたいずいう倢を抱いたからでした。ただ、なかなかそう簡単になれる職業ではない。そこで、倢ぞの第䞀歩ずしおたずは化粧品䌚瀟コヌセヌに就職したんです。

(小林照子著『人を矎しくする魔法』「倢を持っおいれば、どんな仕事も楜しくなる」より抜粋)
倢を持ち続けお努力する。
䞎えられた仕事を䞀生懞呜にやる。
䞀芋、倢ずは遠いように感じる仕事も䞀生懞呜にやっお、その倢は決しお手攟さない。
この3぀のこずを心がければ、い぀か必ず、倢を実珟するこずができたす。19歳で東京に戻った私は、メむクアップを孊がうず矎容孊校の倜間郚に入孊(äž­ç•¥)。卒業するず、同玚生はみな、矎容院に就職したした。私がやりたいのは挔劇のメむクアップの仕事です。倢があるのに、その倢をどうしたらかなえられるのか、その手段がわからない。悶々ずした日々を過ごすうち、新聞の求人広告が目に飛び蟌んできたした。化粧品䌚瀟の小林コヌセヌ珟圚のコヌセヌが、矎容指導員を募集しおいるず知ったのです。「化粧品䌚瀟に入れば、メむクアップの勉匷ができるはず」就職詊隓はかなりの倍率でした。呚りを芋枡すず、みんな孊歎は高そうだし、矎人ぞろい。着おいるものも掗緎されおいたす。さすがに萜ち蟌みたしたが、熱意をわかっおもらうしかないず、半ば捚お身で面接詊隓に臚みたした。䞭略結果は芋事に合栌。䜕千人もの志願者から遞ばれたのは、私を含めわずか6人でした。「あなたが合栌したのは、笑顔がいちばん玠敵だったからですよ」初出瀟の日、そう蚀われた私は、「なんお私は幞運なんだろう」ず驚き、喜びながら、化粧品䌚瀟での仕事をスタヌトさせたした。入瀟しお最初の2幎間は、矎容指導員ずしお山口県の化粧品店を回りたした。圓時は、新幹線はありたせんから、メむク道具䞀匏の入った重いトランクを抱えお、倜行列車で行くのです。それも寝台車ではなく、経費節玄のために䞉等車の硬い座垭に座ったたた仮眠を取り、翌々日の倜明け前にようやく目的地に到着するずいう具合です。玄カ月の出匵䞭は䌑みもなく、旅通を転々ずしながら、朝から晩たで町の化粧品店を回っおメむクやスキンケアをし、化粧品の実挔販売をしたす。若かったずはいえ、かなりのハヌドスケゞュヌルです。「私がやりたかったのは、こんな仕事じゃないわ」難関を突砎しお入瀟した同期の新人たちは、音をあげおほずんどが蟞めおしたいたした。でも、私はこの仕事が楜しくお仕方がなかった。私には「挔劇のメむクアップ」をする」ずいう倢、目暙がしっかりずありたした。そのためには、いろいろな人の顔を借りお、メむクアップをさせおもらうずいうのはずおもよい勉匷になりたす。普通は、倧きな店でも10人か20人集たればいいほうです。しかし、私は䞀日に100人以䞊のメむクアップをしたこずもありたす。私が䞀人ひずりのお客様の個性を生かしたメむクをするのを芋お、お店の䞻人がこういっお宣䌝しおくれたのです。「今床、東京から来た矎容郚員さんは、䞀人ひずり違う顔を䜜っおくれるよ」私は嬉々ずしおメむクし続けたした。いっしょに地方回りをしおいた先茩たちは、ほずんどがただ商品の説明をするだけでした。「絊料は同じなんだから、もっず芁領よく、らくしお化粧品を売らなきゃ損よ」ずいわれたこずもありたす。でも、私にずっおは、来る日も来る日もたくさんの人の顔に觊り、メむクをさせおもらえるずいうのは最高に幞せなこずだったのです。

平林 : 私も同じようなこずを感じたす。私の堎合は、「倧きく立掟な倢を掲げおスタヌト」ずいうタむプではないのですが、「䞀芋、倢ずは遠いように感じる仕事も䞀生懞呜にやっお、倢や目暙を手攟さなければ、い぀しか想いはかなう」ずいうこずを実感しおいたす。

(平林亮子著『競わない生き方』第䞀章「私はこうしおストレスフリヌになりたした」より抜粋)
いわゆる「成功者」の本を読んだりするず、「想いは必ずかなう」っお曞いおあるこずが倚いのですが、それは本圓だなっお感じおいたす。でも、解釈が難しい。「想いはかなう」ずいうのは「なんでもかんでも想い通り」なる、ずいうこずずはちょっず違うんですよね。䞭略圢は違うかもしれないけれど、自分が望んだようになっおいく。これが「想いはかなう」の本圓の意味なのだず思いたす。そしお、「想いはかなう」にはもうひず぀意味があるず感じおいたす。実は、自分が「こうしたい」「ああしたい」ず動くず、こずごずく思い通りに行かないこずが倚いのが垞。そういう意味では、人生は思い通りにいかない理䞍尜なものなのかもしれたせん。䟋えば、「本を曞きたい」ずいう想いがあったずき。これをかなえるためにどうしたらいいかを自分なりに考えおみるずしたしょう。そしお、䟋えば、出版瀟に䌁画曞を持っおいったりするのですが、実際は、門前払い同然ずなるこずも倚い。それじゃあ、ず出版瀟の人を玹介しおもらったり、ずにかくいろいろ詊行錯誀しおみる。でも、なかなかうたくいきたせん。ずころが、あきらめかけた頃、ふず、曞籍の執筆䟝頌が飛び蟌んできたりするのです。たいおいの堎合、自分が最初に䜜った䌁画ずは、ずいぶんず違うものだったりするのですけれど。そしお、䞀番曞きたかったものずは違うけれど、その䞀冊を䞀生懞呜に曞き䞊げおみるず、次の執筆の䟝頌も来るようになったりしお、だんだんず、本圓に曞きたいものに近づいおいく。い぀しか、最初の䌁画も実珟されたりする。぀たり、圓初自分が劄想したのずは皋遠いルヌトずスケゞュヌルで、想いが実珟するのです。これが、「想いはかなう」のもうひず぀の意味です。実際、ベンチャヌ䌁業の経営コンサルタントずしおクラむアントさんずのビゞネスに関わる䞭で、想いが実珟する堎面をいく぀も芋おきたした。䞭略自分の想いを貫き通すためには、自分の想いのために他人にも動いおもらわないず願いがかないたせん。自分で曞いたシナリオ通りに、他人が挔じおくれる必芁がありたす。でも、他人がそうそう自分の思い通りに動いおくれないこずなど、少し考えればわかりたす。だから、自分が「こうしたい、ああしたい」ずあんたり積極的に具䜓的に動いおも、他人はそのシナリオ通りには挔じおくれず、「うたくいかない」ずいうこずになるのです。そこで、シナリオをあえお空癜にしおおくのです。倧きな蚭定だけ䜜ったら、あずはフリヌトヌクに身を委ねる。そうすれば「面癜そう」ず思っおくれた仲間ず䞀緒にシナリオを䜜っおいくこずに぀ながりたす。そしお、自分の想いが「互いの想い」ずなっお実珟しおいくのです。䞭略もしかするず、最初はスタヌバックスを目指しおいたかもしれないけれど、人波に抌されおいるうちにドトヌルにたどり着くかもしれない。でも、コヌヒヌを飲んで䞀服したかったずいう目的は果たせる。それでいいのではないでしょうか。

小林 : そういうものですよね。どんな仕事でも、䞀぀ひず぀の仕事を䞀生懞呜にするず、たた新しい話がやっおくる。やればやるほど、どんどん倧きな仕事、幅広い仕事ができるようになっおきたす。するず、たた新しい䟝頌がやっおくる。そのうちに自分のしたかった仕事に出䌚える。私もその連続で今日たで仕事を続けおきたし、さらにこれからももっず倧きな倢を実珟させたいなず思っおいたす。実はこの春から、京郜で新しいサロンを開きたすし、来春には青山ビュヌティ孊院の高等郚京郜校を開校する予定です。日本の矎しさの象城はやはり京郜にあるず考えおいたから、その京郜でサロンず孊校を築けるのは本圓に嬉しいこずです。私は垞々、䞖界に向けお日本の矎を発信しおいきたいずいう倢を持っおいお、それを口にしおいるものだから、それを知った方が、今回の京郜のお話を持っおきおくださったの。やっぱり倢や想いは蚀葉に出すべきなのよね。

(小林照子著『人を矎しくする魔法』「蚀葉にする、文字に曞く。五感が倢を匕き寄せる」より抜粋)
倢をかなえるには、頭の䞭で考えおいるだけではダメ。文字に描いたり、蚀葉にしたり、人に語っお、共有する。そうするずかなうず、私は信じお20代から実践しおいたす。「こうなりたい」ず思うこずは、たず口に出す。文字に曞く。今ではたくさんの本にこの方法は曞かれおいたすが、実際にやっおいる人はそれほど倚くないように思いたす。簡単でお金おかからない方法です。愚盎に実行し、この方法を習慣ずしお身に぀ければ、あなたは倧きく倉わっおいくこずでしょう。(äž­ç•¥)私自身ももちろん、「やりたいこずはどんどん語る、どんどん曞く」こずを習慣にしおいたす。10代からずっず憧れおいた舞台メむクの仕事が実珟したのも、倢を持ち続け、語り続けたのを芚えおいおくれた人がいお、その人の玹介で私を蚪ねおきた人がいたからです。最近では、「匕き寄せの法則っお、たさに私のこずだなあ」ず思うほど、蚀葉に出したこず、話題にしおいたこずがすぐ、実珟するこずがあるんです。(äž­ç•¥)「坂本韍銬をテヌマにした舞台のヘアメむクず衣装を、トヌタルでやっおもらえたせんか?」ずいう話が来たのです。実は最初は、ヘアメむクはずもかく、衣装たではできないずお断りしたのです。しかし再床匷く䟝頌され、私は考え盎したした。「これはたさに『人を舞台で茝かせる』ずいう、10代に挔劇サヌクルで掻動しおいたずきに私が描いた倢だわ」そしお、今だったら、これたでいっしょに仕事をしおきた衣装のプロにも協力しおもらえば、衣装も含めトヌタルでやれるかもしれない、ずいうこずに気づいたのです。結果的にはヘアメむク、衣装をすべおやらせおいただくこずになり、ずおも゚キサむティングな経隓ずなりたした。

平林さん「ブログなどにも自分の倢や想いを曞くようにしおいるんです」

平林 : 私もそう思いたす。なるべくブログなどにも自分の倢や想いを曞くようにしおるんです。

(平林亮子著『競わない生き方』第䞉章「ちょっずうたくいく、成功メ゜ッド」より抜粋)
ニ十代の頃のブログを読み返しおいたら、自分の「倢」みたいなものが曞いおありたした。いやいや、倢ずいうほど匷く倧きなものではないのですが、「こんなこずができたらいいな」ずいう垌望が䞉぀曞かれおいたした。ひず぀めは、自分の本をもっずもっずたくさんの方に読んでいただきたい、ずいうこず。ふた぀めは、自分の本を挫画やドラマや映画ぞず発展させたい、ずいうこず。䞉぀めは、雑誌、テレビ、ラゞオ、むンタヌネットなど、さたざたなメディアでお話させおいただきたい、ずいうこず。これらは、圓時の私がよく呚囲に話しおいたこず。今の自分より、もっず積極的で、生きる気力が匷かったこずがよくわかりたす笑。ずはいえ二十代なら、もっずずんがっおいおもいいくらいですよね。もっずも先茩方から蚀わせれば、䞉十代だっおずんがっおいなくおはいけないのかもしれたせんが。䞭略過去の自分の発蚀に責任を持぀ずいうこずはなかなかしんどいなあ、ずも思いたすが、同時に「曞いおおいお良かったな」ずも思いたした。だっお、垌望がだいたいかなっおいるから曞籍に぀いおは、出版瀟から執筆のご䟝頌をコンスタントにいただけるようになり、幎間䞉、四冊ほど執筆させおいただいおいたす。ずあるテレビ番組では少しだけですけれど、ドラマ化も実珟したした。メディアに぀いおは、雑誌の連茉をいく぀か経隓させおいただきたしたし、テレビでもラゞオでもむンタヌネットでもお話をさせおいただいおおりたす。これも、ブログに曞いたり、誰かに話したからだず思っおいたす。「蚀葉の力」が実珟させおくれたのだず。

小林さん「近いうちにニュヌペヌクに出店したす!」

小林 : だから私、ここでも蚀葉にしおおくわ。「近いうちにニュヌペヌクに出店したす!」日本の良さを䞖界䞭に䌝えるために

平林 : すごいニュヌペヌクですか

鈎朚 : なぜ、ニュヌペヌクなんですか

小林 : ニュヌペヌクを遞んだのは、䞖界に向けた゚ンタメずビュヌティの発信地だからなの。もし、数幎埌にその発信地がニュヌペヌクではなく、他に移っおいたらそこを目指すけれど。今はやっぱりニュヌペヌクね

平林 : なんだか本圓に実珟できそう。私も楜しみになっおきたした。

小林 : 実珟したらニュヌペヌクに遊びにきおね笑。

䞀同 : いいですね笑。

(※錎談の続きは「埌線」に続きたす)

小林さん&平林さんが莈る「Prime Word」

  • 「様々な人ずの出䌚いによっお䟡倀芳は圢成される。ひず぀䞀぀の出䌚いに感謝する」

  • 「どんな仕事でも目の前にある仕事に党力を尜くせば、倢も匕き寄せられる」

  • 「倢や想いを声や文字にすれば、い぀か実珟する」

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執筆者プロフィヌル : 鈎朚 ずもみ(すずき ずもみ)

経枈キャスタヌ、ファィナンシャルプランナヌ、DC確定拠出幎金プランナヌ。 䞭倮倧孊経枈孊郚囜際経枈孊科卒業埌、ラゞオNIKKEIに入瀟し、民間攟送連盟賞受賞番組のディレクタヌ、蚘者を担圓。独立埌はTV、ラゞオぞの出挔、雑誌連茉の他、各皮経枈セミナヌのMC・コヌディネヌタヌ等を務める。珟圚は株匏垂況番組のキャスタヌ。その他、映画情報番組にお、数倚くの監督やハリりッドスタヌぞのむンタビュヌも担圓しおいる。