家庭、友人関係、仕事、趣味など…生活における読者の「お悩み」に寄り添う、さらには解決してくれるかもしれないドラマ、バラエティ、ドキュメンタリー、リアリティショーなど、配信サービスの映像コンテンツを、コラムニストの長谷川朋子が“処方箋”としておすすめする「長谷川朋子のエンタメ処方箋」。

第8回は、「スマホ中毒の妻」に困っているというお悩みに、ディズニープラスで配信中のドラマ『ガンニバル』を処方します。

  • 『ガンニバル』ディズニープラスで独占配信中

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「妻がスマホ中毒で、病気でもないのに妄想で毎日愚痴ってきて辟易している。アルゴリズムに冒されている」(千葉県在住・67歳男性)

身近な人の変わる姿って、やっかいなものです。それが、スマホという、いつも手の中にある世界の中で起きているとなれば、なおさらです。おそらく奥さまは、ニュースや動画、SNSの投稿を日々大量に目にしているのではないでしょうか。そして表示される情報は、過去の閲覧履歴や反応をもとに、少しずつ、確実に、感情を強く揺さぶるものへと傾いていきます。いわゆる「アルゴリズム」です。

それによって、世界が危険に満ちているように見えたり、誰かが自分たちを欺いているように感じたりします。本人にとってそれが“現実”です。でも、同じ空間にいる家族からすれば、根拠のない妄想のように映る。深い溝が生まれている状態、と言えるかもしれません。その溝の正体を、のぞき込むような物語があります。二宮正明の同名漫画を原作にした『ガンニバル』です。

どの物語を“現実”として生きるのか

主人公は、山間にある供花村(くげむら)に赴任した駐在警察官の阿川大悟(柳楽優弥)。閉鎖的な集落の中で語り継がれてきた“ある噂”に直面します。

――この村では、人を喰っているのではないか。

荒唐無稽に聞こえる疑惑です。けれど、村人たちはそれを真っ向から否定しながらも、どこかで「守るべきもの」として抱え込んでいるのです。外から来た大悟にとって、その噂は、到底受け入れがたい異常。一方で、村の人々にとっては、長く続いてきた秩序の一部でもあります。

ここでぶつかっているのは、事実か虚構かという問題だけではありません。どの物語を“現実”として生きるのか、その違いです。互いに「相手こそおかしい」と感じた瞬間、対立は一気に加速していきます。

相手を「狂っている」と断じたときに何が起きるのか

ドラマ『ガンニバル』で象徴的なのは、阿川大悟のこのセリフです。

「そっちが狂ってるなら、こっちも狂うしかねぇんだよ」

理性の限界を超えた叫びのような言葉です。単なる暴力でもありません。「わかってもらえない」という絶望がにじんでいます。大悟は正義感の強い警察官ですが、無傷のヒーローではありません。家族との関係にも葛藤を抱え、感情に突き動かされる瞬間もある。だからこそ、この台詞は単なる啖呵ではなく、追い詰められた人間の本音として響きます。 加えて、このセリフが刺さるのは、極端だからではありません。理解されない、という感覚は誰の中にもあるからです。自分の見ている世界を否定されたと感じたとき、人は理屈よりも感情を選びます。その感情が積み重なると、やがて自分と同じ考えだけが心地よくなっていきます。

まさに、この作品が突きつけているのは、「閉じた世界」の恐怖です。そこでは外からの声はすべて敵になり、自分たちが信じることだけが揺るぎないものになっていく。それは村人たちだけの話ではありません。大悟もまた、自分の正しさを疑わない。互いに「相手こそが間違っている」と感じたとき、世界は閉じていきます。

たとえ信じられているものが、カニバリズムという極端なかたちであっても。アルゴリズムもまた、似た構造を持っています。違うのは、舞台が村かインターネットかという点だけ。本質は遠くありません。

物語は、「こちらの常識」と「あちらの常識」が正面から衝突する、その過程を描いています。善と悪の単純な対立に回収して終わることはありません。供花村を仕切る後藤家という一族が背負ってきた歴史や論理にも踏み込み、どちらか一方を断罪するのではなく、それぞれの背景を浮かび上がらせていきます。衝突をあえて激しく描くことで、対立の意味そのものをあぶり出す。正しさをぶつけ合うだけでは、何も変わらないことを示しています。

その先に何があるのかを、物語は逃げずに見せます。やがて、対立の意味が少し違って見えてくるのです。

現実は、ドラマほど過激ではありません。けれど、相手を「狂っている」と断じたときに何が起きるのか。私たちの日常にも、同じことが起こり得ます。奥さまが見ている世界は、あなたとは違うレンズで切り取られているのかもしれません。大切なのは、その見え方を否定することではなく、なぜそう見えているのかを一緒に考えてみることです。

まずは同じ作品を観てみる。同じ物語を共有する。スマホという小さな画面が、溝を深める壁になるのか、それとも景色をひらく窓になるのか。狂気の物語の中に、そのヒントがあります。

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