目指せロイヤルウエディング

「あなたが考える、理想の夫とは?」という質問を、しょっちゅう受けていた。まだ恋も知らぬ少女時代、女の子同士で語らったのは「理想の彼氏」像だったのに、周囲が次々と結婚していくなか、二十代独身の私がよく尋ねられたのは、一足飛びに「理想の夫」像だった。

主には年上の既婚者から投げかけられ、答えを聞く前からすでに「そんなんじゃ高望みすぎる」「だから結婚できないんだ」という切り返しがウズウズ準備されているような問いかけだった。真面目に答えるのがバカバカしくなり、次第に「どう言えば自分の心に嘘をつかず、かつ、一発で相手を黙らせて別の話題へ移るか」を模索するようになった。そして解を見つけた。

「岡田さんさー、もし結婚するとしたら、どんな男が理想なわけ?」
「黒田慶樹さんみたいな人ですね!」

我々世代のオタク女子にとって、サーヤこと黒田清子さんは、ちょっと特別な存在である。愛読誌は『アニメージュ』であるらしいとか、漫研出身で某アニメの二次創作同人誌を出したことがあるらしいとか、漏れ聞こえてくる噂の一つ一つに(というより、この二つに限って)絶大な親近感をおぼえながら育った。いったい彼女はどんな結婚をするのだろう、いや、このまま生涯独身でいてくれたら、それはそれでさらに我々の象徴にふさわしい等身大の人間宣言、とさえ思っていた。

そしてついに登場した結婚相手が、あのクロちゃんである。最初は「ああ、よい剛毛メガネ男子だな、好み」としか思わなかったが、続報で「趣味はアンティークカメラとクラシックカー」と聞き、「さ、さすがサーヤ、なんという上玉をお掴みになられたことか……!」と千々に乱れた敬語をもってテレビ前で脱帽した。こちらの鳥類研究には干渉して来ないが、同じ深度と情熱をもって別のところを夢中で掘り下げている「異分野のオタク」男子。脛に傷持つオタク女子にとって、まさに理想的なパートナーではないか。

同じ小説や漫画が好きだと、泣き笑い萌えのツボが合わなくて喧嘩になる。同じ映画が好きだと、どちらがコレクターズボックスを買うかで喧嘩になる。同じバンドが好きだと、新譜やメンバーチェンジの是非で喧嘩になる。同じ即売会に参加すると、売り子や買い出しを手伝う手伝わないで喧嘩になる……。若いうちは、オタク男女が「趣味が合う」ことだけを理由に付き合うのは珍しくないが、年を経てくると次第に、それだけの理由で長続きするカップルのほうが珍しくなる。相手がハマッているものの何がそこまで魅力的なのか、同じオタクだからちょっとはわかるけれど、別ジャンルだからすごくよくはわからない。そんな距離感が一番なのだ。

思えば私は幼い頃から、数学や物理が得意とか、昆虫や鉄道や鉱物や天文学にロマンを追い求めるとか、機械や工作やプログラミングに強いとか、変態的に芸術技巧に長けているとか、そんな男子ばかり好きになってきた。自分の苦手科目を易々とクリアして楽しむ他者はそれだけで尊敬に値する。無我夢中で没頭する様子を見ると興味が湧く。「わからないから、好きになる」というわけで、恋愛対象はギークでナードなメガネ男子ばかりだった。

人は見かけによらぬもの

夫のオットー氏(仮名)から結婚の提案を受けた際も、こちらの決め手の一つとなったのは彼が「オタクっぽい」ことだった。男子校育ちで電気工学科卒、少年時代は数学者を志していたというメガネ男子……。それまでまったく異性として見ていなかったが、なかなかどうして、好みのタイプじゃないの!? 「理想の夫」がネギしょって来たんじゃないの!?

それが大いなる誤算であったと判明したのは、結婚後だった。まず、視力が0.3もある。外で会えばいつも眼鏡姿だったのに、「車の運転するのでもなければ、日常生活には支障ないんだよね」とのたまい、帰宅するなり早々にはずして、休日はほとんど裸眼で過ごす。もとは両眼0.01以下、昨年ようやくレーシック手術で1.5に回復した私にしてみれば、そんなものは目が悪いうちに入らない。「てっきりメガネ男子だと思ってたのに! こんなの結婚詐欺だろ!」と殴り掛かったのが、私が振るった最初の家庭内暴力であった。

輝かしい肩書も何するものぞ。ちょっとレジでの暗算が速いくらいで、実態は理数系でも電気工学系でも何でもない。パズルゲームや数字の暗記などは私のほうが強いし、テレビまわりの配線から冷蔵庫や洗濯機やエアコンの初期設定、パソコンのトラブルシューティングまで、我が家の電気系統はほとんど私が担当している。たまに電球を替えてくれるくらいだ。

ものすごく読書家で勉強家であることは知っていたから、ものすごいオタクでもあるのだと信じ込んでいた。しかしこの世には、読書家で勉強家で博識でメモ魔、だけれどもオタクではない、という不思議な人種もいる。たとえばオットー氏はEvery Little Thingを偏愛しているが、けっしてELTオタクではない。いつも聴いている『Every Best Single ~COMPLETE~』のジャケットを見て「あ、チェルシーなんだね!」と話しかけてもキョトンとしている。「言われてみればそうかもね、あのお菓子でしょ? ふーん」。私の感覚からすると愛聴盤の元ネタに注意を払わないなんて信じられないし、製菓会社とのコラボなどという珍しい企画、怒濤のように蘊蓄を語ってほしいところなのだが。

メンバーのプロフィールにもほとんど関心がないようで、「真ん中の女の子は、このPVの時期がとくにかわいい」といった漠然とした物言いしかしない。それ、黒BUTAオールスターズ出身・モッチーこと持田香織のことですか!? 仮にもファンなら名前くらい憶えろよ!? 何かを好きになったらとことん調べ上げて全部を知りたいと思ってしまう私には、こうした対象との接し方はまず考えられない。

『風立ちぬ』へ連れて行けば「ジブリってちゃんと観るの初めてだ~」と衝撃発言、『キテレツ大百科』のコロ助を見れば「ドラえもんってこんな顔だっけ……」と予想の斜め上を行くコメント、『よつばと!』のLINEスタンプを送れば「よつばとうって何? 暖房? 暖房?」ときたものだ。サブカルチャー全般に興味がないかと思いきや、『食戟のソーマ』と『3月のライオン』の新刊を待ちわびながら、今日マチ子スタンプのかわいさには過剰に反応する。素養もリテラシーも持ち合わせているのに、「どの道を選んでもオタク化する分岐が一本もない人生」を歩んで来た、という感じなのである。

未知との遭遇

「ぬるぽ」と話しかければ「ガッ」と答える人のいるあたたかさ……(字足らず)、とまでは求めないけれど、独身時代に「理想」と描き、淡い期待を抱いていた「オタク同士の結婚」と、現実の新婚生活はずいぶん違うところへ着地してしまったな、というのが正直なところである。毎日が、暖簾に腕押し。

しかし、これは単なるカルチャーショックであって、けっしてオットー氏の人格を否定する発言ではない。今まで周囲の人間関係がほとんどすべて似たようなオタクで構成されていた私にとって、「一番身近な他人」となった夫が、異分野どころか異人種であったという新発見は、それはそれで興味深い。探究心をそそられる。今後ともとことん調べ上げてすべてを解明し、調査研究を続けながら来歴や蘊蓄や知られざるエピソードを入手していきたいと考えている。

クロちゃんだって、宮崎駿作品についてどれだけ造詣が深いのかはわからない。それでも、たとえ『ルパン三世 カリオストロの城』を未見であろうとなかろうと、「君の好きなドレスを着ればいいよ」と優しく微笑んだ結果が、あの花嫁衣装であることは想像に難くない。「おまえにオタクが救えるか?」「分からぬ、だが共に生きることはできる」……素敵な結婚じゃないか。きっと我が家も、と信じて「私、黒い燕尾服にタカラヅカ風のメイクで登場するからさ、後からオットー氏がウエディングドレス着て出てくるっていうのはどうかな!」と提案したら、華麗に却下された。やはりプリンセスとは違って、何でも「理想」の通りとはいかないようだ。

<著者プロフィール>
岡田育
1980年東京生まれ。編集者、文筆家。主な生息地はTwitter。2012年まで老舗出版社に勤務、婦人雑誌や文芸書の編集に携わる。同人サークル「久谷女子」メンバーでもあり、紙媒体とインターネットをこよなく愛する文化系WEB女子。「cakes」にて『ハジの多い人生』連載中。CX系『とくダネ!』コメンテーターとして出演中。2013年春に結婚。

イラスト: 安海