前回はヨーロッパ国際特急、その前はアメリカの大陸横断列車が登場する映画を紹介した。そこで今回は日本の豪華列車「カシオペア」が登場する作品を紹介する。といっても映画ではない。刑事ドラマの人気シリーズ『相棒』から、2008年に放映された正月スペシャルだ。密室で起きた殺人事件に、あの杉下右京と亀山薫のコンビが挑む。

名作の定石を捉え、3つの事件が交錯する傑作

『相棒 season 6』
DVD-BOX I(5枚組) 1万4,900円
DVD-BOX II(6枚組) 1万7,880円
発売元 : テレビ朝日 / 販売元 : ワーナー・ホーム・ビデオ
(c)2007,2008 テレビ朝日・東映

『相棒』といえば、もはや「国民的ドラマ」ともいえるシリーズ。亀山薫(寺脇康文)はすでに卒業し、後任の神戸尊(及川光博)も、先頃最終回を迎えた『相棒 season 10』で卒業。次回作の新"相棒"には成宮寛貴が決まったばかりだ。

同作品は2007年10月~2008年3月に放送された『相棒 season 6』の第10回。年始特番として2008年1月1日に放送された。正式なサブタイトルは、『開局50周年記念 元日スペシャル「寝台特急カシオペア殺人事件! 上野~札幌1200kmを走る豪華密室! 犯人はこの中にいる!!」』という長さ。もっとも、ファンサイトなどでは『寝台特急カシオペア殺人事件!』と省略されるようだ。

警視庁特命係の杉下右京警部(水谷豊)と、その唯一の部下・亀山薫刑事(寺脇康文)は、上司から北海道の裁判の証人を護送せよと命じられる。特命係といっても、実態は使い走りのような存在なのだ。しかし、今回はふたりともすこしうれしそう。その理由は護送手段が寝台特急「カシオペア」だったから。

ところが、その車内で殺人事件が発生する。死亡推定時刻は盛岡駅を発車した後。列車は函館駅まで停まらない。つまり、犯人はまだ列車内にいる。杉下たちは函館駅停車までの4時間で事件解決を試みる。まるで『オリエント急行殺人事件』をオマージュしたような、上質な密室ミステリー作品である。さらに日本の鉄道ミステリーで用いられる運転停車トリックもある。

殺人事件が解決へ向かう中、護送する証人が関わる事件がふたつ同時進行していく。ひとつは東京で起きた爆弾事件。もうひとつは証人が目撃した暴力団による拳銃密売事件。「カシオペア」が札幌に到着した後、事件の焦点は2つ目、3つ目の事件に移る。しかし、1つ目の殺人事件の関係者も関わってきて……。

シリーズ物のドラマ、しかも途中回となると、初めて観る人にとってはとっつきにくいかもしれない。しかし同作品は正月特番の意味もあるのか、序盤の数分で捜査一係と特命課、鑑識課との微妙な関係が一気に説明される。鉄道ファンで、まだ『相棒』を観ていない人にはぴったりの作品といえそうだ。『相棒』シリーズは劇場版が3つ制作されているけれど、スペシャルである同作品も伏線の回収が巧みで、機知に富み、感動的なラストが待っている。劇場用にリメイクしてほしいくらいだ。

運休期間中のE26系と精巧に作られたスタジオセット

同作品はJR東日本とJR北海道の協力もあった様子。上野駅・青森駅・函館駅構内の場面は本物で、機関車交換もばっちり登場する。走行中の外観も、実際の列車を起用している。

寝台特急「カシオペア」。現在はEF510が牽引している

客車の場面では、スタジオセットと実物を巧みに組み合わせているようだ。「カシオペア」に使われるE26系客車は、検査のため10月下旬~12月上旬に運休となる。これは正月特番ドラマのスケジュールと合いやすい。静止した客車で撮影しつつ、窓から客室を覗くような場面や、客室内の窓はスモークを流し、カメラの揺れとともに走行する雰囲気を演出している。

すべて本物の客車を使っているように見えるけれど、食堂車はスタジオセット。実際の食堂車は曲面ガラスだが、この場面に出てくる食堂車は平面ガラス。窓上の照明も違う。でも、この違い以外は非常に良くできている。テーブルの上の照明は本物を借りたか、同じ製品を調達したと思われる。食堂車の食事も懐石御膳を再現。スタッフの考証とこだわりはすごい。ちなみに、亀山が妻と携帯電話で話す場面は本物の食堂車。前述の窓の違いでわかる。本物は壁に運行経路図がないよな……と思ったら、謎解きの場面で杉下が使った。なるほど。

食堂車は物語上で何度も登場するため、セットを作る必要があったのだろう。ところで、客室が本物かセットかは筆者にはわからなかった。筆者が実際に乗車したとき、利用したのはツインだけど、同作品の画面に登場する客室はグレードの高い展望室、スイート、デラックス。乗車経験のある方はぜひ見比べてみよう。

筆者はこの作品が好きで、本放送、再放送、そしてレンタルDVDでも観た。この3回目で、「カシオペア」がストーリー上のキーワードとして効いていると気づいた。「カシオペア」という列車名にふさわしい伏線も仕掛けられていた。

乗客のひとり、翻訳家の堂上公江(長山藍子)と杉下右京との会話で、「言葉が過ぎた女王様は出てこない」と出てくる。この「女王様」はギリシャ神話のカッシオペイアを指す。また、カシオペアが出てこないギリシャ神話として、「シシュポスの岩ですね」という発言も。日本では賽の河原に例えられる「終わりなき苦労」を指し、事件の背景を暗示しているようだ。

また、ラストシーンで杉下右京が犯人に渡すあるものに、星座のカシオペアが関わっている。それに続く杉下の言葉、その奥の深さを知れば、さらに感動が深まるだろう。

ドラマ『相棒 season 6 寝台特急カシオペア殺人事件!』に登場する列車

E26系客車 寝台特急カシオペア専用の客車。実物とセットを巧みに使い分けている。殺人事件は2号車
で起こり、1号車と2号車の乗客が容疑者。3号車は食堂車となる。犯行時刻は亀山が食堂車
にいて乗客の出入りはない。そのため、物語は1号車から3号車のみで進行する。
カシオペアツインや最後尾のラウンジは登場しない
EF81 カシオペアを牽引する交直両用機関車。79号機・92号機・99号機が登場。映像作品のお約束
として、同じ列車ながら機関車の番号が違っている。いまは引退したEF81の「カシオペア」
塗装機のオールスターキャストだ。鉄道ファンとしてはツッコミよりも、各機関車の勇姿を
楽しみたい。いや、もしかしたら、わざと全車番をコンプリートしたのかも……
ED79 青森~函館間の牽引機。18号機が登場
DD51 函館~札幌間の牽引機。暗い場面のため車番は確認できなかった
貨物列車 札幌到着前に「カシオペア」とすれ違う。ヘリからの撮影のため小さく詳細不明