大阪と札幌を結ぶ寝台特急「トワイライトエクスプレス」は日本で最も長距離を走る列車。そこに6人の詐欺師チームが乗り込み、大阪~札幌間を往復する。事件は帰りの車内で起きた……。詐欺師の映画といえば、「現場でバレるかバレないか」という場面が見せ場。しかしこの『約三十の嘘』では、そこをあっさりとカット。なんと、ほぼ全編にわたって「トワイライトエクスプレス」の車内が描かれている。
同作品は犯罪映画ではなく、列車という密室で描かれる人間模様が主題。もちろん登場人物は詐欺師だから、車中の事件をめぐって謎が深まっていく。椎名桔平、中谷美紀、妻夫木聡など豪華なキャストが、期待通りの持ち味を発揮する傑作だ。「トワイライトエクスプレス」も名脇役としてかっこよく描かれる。迫力ある出発シーンあり、空撮も盛りだくさん。音楽はクレイジーケンバンドの曲がふんだんに使われ、まるでクレイジーケンバンドと「トワイライトエクスプレス」のプロモーションムービーだ。
バラバラになった詐欺チームが結集
大阪駅。トワイライトエクスプレスに6人の詐欺師が集まった。元リーダーの志方(椎名桔平)、紅一点の宝田(中谷美紀)、宝田のパートナー横山(八嶋智人)、新リーダーの久津内(田辺誠一)、宝田に思いを寄せる佐々木(妻夫木聡)だ。ここで宝田をめぐって三角関係が……、と思ったら、京都からもうひとりの女性、今井(伴杏里)が乗ってくる。
今井は3年前の仕事でチームをバラバラにした女。それをなぜか久津内が引き込んだ。3年前の遺恨が蘇り、意見が対立。バラバラになりかけた6人だが、目的はお金。札幌の仕事は成功し、トランクは札束でいっぱいだ。しかしこのままでは終わらない。帰りの「トワイライトエクスプレス」で事件が起きる。なにしろメンバーは全員詐欺師。誰が誰を欺いているか、登場人物にも観客にもわからない。本当の"ワル"は誰か、ストーリーにぐいぐいと引き込まれていく。
椎名桔平の「本当はデキるけどトボけた男」、八嶋智人の「道化役だと思ったらデキる男」、中谷美紀の「大人の女の魅力」と伴杏里の「少女のしたたかさ」の対比など、各キャスト見事な芝居を見せる。ラストで真実が判明した後、もう一度それぞれの表情を追ってみたくなる。
空撮とロケで「トワイライトエクスプレス」の魅力を描く
原作は舞台作品だそうで、大阪からの物語はすべて列車内。スイートルームがメインで、シングル、食堂車、ラウンジなど、「トワイライトエクスプレス」の豪華な設備が多く登場する。DVDに収録されたコメンタリー音声によれば、JR西日本の協力で撮影用列車を走らせ、48時間のロケを敢行したという。ただし、「トワイライトエクスプレス」の最大のウリである展望スイートは出てこない。もったいないと思うけど、あの部屋を使うと観客は車窓に注目してしまい、人物に集中できないかも。
空撮映像がふんだんに出てくる理由は、「密室劇の閉塞感を薄めるため」とのこと。その意図は成功しており、列車の走行シーンは鉄道ファンも満足できるだろう。別の車両からの撮影かもしれないが、前面展望もある。途中で機関車の番号が変わってしまうけれど、これは撮影の都合か、あるいは敦賀駅での機関車交換の再現だろうか。
気になったところは行きと帰りの場面転換だ。札幌の仕事を描かないから、いきなり帰りの列車の場面になる。鉄道に詳しい人なら、機関車の次位に連結されるのは展望スイートになるので、すぐにわかるはず。しかし、そこに気づかない人は戸惑うだろう。服装の違いとセリフで、やっと上り列車の旅とわかるしかけだ。もっとも、その後で1回だけ、夜の駅を通過するところで機関車の次位が電源車、つまり下り列車を使っている。惜しい。それともなにか意図があるのだろうか?
ところで、「詐欺師たちが集まるスイートルームってこんな部屋だったっけ?」と思い、「トワイライトエクスプレス」の資料を探し集めてみたけれど、該当する個室が見当たらない。この部屋はセットだ。内装もそれらしく、本当によくできている。床下にスプリングを入れて揺らしているため、登場人物もカーテンも小道具も同じリズムで揺れている。「そういえば車窓が白いカーテンのせいで見えないな」と、あとで気づくのだった。
シングルルームで壁をすり抜けて室内を見せるところがあって、これだけはセットだろう……、と思っていたら甘かった。コメンタリーによると、ラウンジや食堂車、デッキの場面以外はすべてセット。じつは全編の8割近いシーンをセットで撮影したという。「トワイライトエクスプレス」の名物・展望スイートを出さない理由もそこだった。
『約三十の嘘』というタイトルの意味は本編で明かされるとして、この映画の最大の「嘘」は、メインの客室がセットだということかもしれない。エンドロールにも、「架空の列車です」の一文がある。見事に、そして気持ちよくだまされた。
映画『約三十の嘘』に登場する鉄道風景
「トワイライトエクスプレス」 | 列車そのものは実在。臨時列車扱いながら運行頻度は多く、ほぼ通年運行となっている。運行区間は大阪~札幌間。所要時間は下り約22時間、上り約23時間。個室寝台がメインで、食堂車やラウンジも連結する豪華寝台特急 |
---|---|
EF81 | 「トワイライトエクスプレス」を牽引する機関車。44号機、103号機、114号機が「出演」。直流区間と交流区間のどちらも走行でき、本州内の全区間を担当。運用の都合で敦賀で同型の機関車に交換する場合もある |
24系25形 | 「トワイライトエクスプレス」の客車。食堂車とラウンジは実物を使用 |
221系 | JR西日本の通勤型電車。トワイライトエクスプレス発車直後の空撮場面ですれ違う |
683系 | JR西日本の在来線特急形車両。名古屋から北陸方面の特急「しらさぎ」などに使われる。「トワイライトエクスプレス」の空撮場面ですれ違う |
485系 | JR西日本が国鉄から継承した特急形車両。2011年まで特急「雷鳥」に使われていた。同作品ではエンドロールにて、湖西線を走る「トワイライトエクスプレス」とすれ違う |