遠くへ行きたい。行先も決めず、なにもかも忘れて旅に出たい。映画『旅の贈りもの 0:00発』(2006年公開)では、そんな気分にぴったりの列車が登場する。偶数月、第3金曜日の深夜0時に大阪駅を発車。行先は不明。料金は謎の目的地への往復きっぷで9,800円。使用車両はEF58 150号機。客車はレトロ風に改造されたスハフ12と展望車マイテ49。

この列車は行きだけで、帰りは好きな列車に乗ればいい。きっぷの有効期間は1カ月。本当にこんなツアーがあればいいのに……。

失恋、孤独、解雇、別離、挫折……、すべてを癒す旅が始まる

映画『旅の贈りもの 0:00発』に登場したEF58 150(JR西日本提供)

深夜。キャリアウーマンの由香(櫻井淳子)は急ぎ足で大阪駅にやってきた。年下の彼と海外旅行に行くはずだった。しかし二股をかけられていたとわかり、関空から引き返す。ハンドバックの中に、「行先不明」のきっぷがあった。

孤独な人々とネットで知り合い、帰らぬ旅に出るはずだった少女、華子(多岐川華子)。ちょっと遅刻しただけで仲間とはぐれてしまい、さらに孤独がつのる。援交を持ちかけるオヤジから逃れ、たどり着いた大阪駅12番のりばに奇妙な列車が停まっていた。

サラリーマンの若林(太平シロー)は、妻と娘に冷たくされ、会社からも解雇。「誰もオレのことを気にかけていないんだ」、そんな思いからミステリー列車で家出する。その先に何が起こるかも知らず……。

網干(細川俊之)は亡き妻の写真を持って旅に出た。生前にかなえてやれなかった夫婦の旅行を楽しむつもりだ。そんな網干のそばで一人旅を楽しむミチル(黒坂真美)。誰彼ともなく話しかけるが、それぞれの孤独な心に立ち入れない。彼女もじつは挫折を経験していた。

車内は他にも旅人がいる。しかしほとんどがグループ客でにぎやかだ。それゆえに5人の孤独が際立つ。5人は列車内ではすれ違い続けているけれど、目的地「風町」の人々と出会い、優しいもてなしに癒され、互いに打ち解けていく。風町の人々を演じるのは、郵便局長役に大滝秀治さん、旅人たちをもてなす民家に梅津栄さんなど、渋い役どころだ。

町医者役はシンガーソングライターの徳永英明さんで、挿入歌の『時代』も歌っている。彼は歌手という本業を大切にするため「本作品が最初で最後の映画出演」と語ったという。だからファンには貴重な役者姿だ。メインテーマは谷村新司作詞作曲の名曲『いい日旅立ち』で、中森明菜さんの声が旅情をそそる。

実際にはこんな旅なんか経験できない……、と思いつつ、いや、もしかしたら似た体験はできるかもしれない、とも思う。脚本の篠原高志氏は旅行会社勤務からの転身で、仕事での経験が生かされているだろう。ラストまで見終えた後、「旅に出たいなあ……」と思う作品だ。この映画を見せれば、友達を旅に誘うきっかけになるかもしれない。

20分にわたる名機EF58の走行シーン。マイテ49の車内も

ミステリー列車を牽引するのはEF58。1946年から1958年までに172両も製造された直流電気機関車だ。戦後生まれで、日本の復興とともに増備された。当初は真四角な箱型だったけれど、1952年に大幅なモデルチェンジを受け、流線型の車体になった。

登場の背景には、高崎線の電化や東海道本線の全線電化がある。高性能な電気機関車が大量に必要となって、高速型のEF58の増備が続いた。その優美な姿から、特急列車の牽引機として活躍。ブルートレインやお召し列車にも起用された。

EF58は流線型の車体で人気を集めた(JR西日本提供)

客車のうち前方1両は12系客車。団体列車用に約600両も作られ、青地に白い帯のブルートレイン塗装だった。映画に登場するスハフ12 702は「SLやまぐち号」に使われる車両で、レトロ風のぶどう色塗装だ。後方1両はレトロな雰囲気の展望車マイテ49。これは本当に古い車両で、1938(昭和13)年に東海道本線の客車特急「富士」用に製造された1等車だ。

このレトロな列車が、本作品では序盤の20分間と、エンドロールの背景として登場する。EF58の銀色の帯は夜の明かりに照らされて独特の光を放つ。特徴的な三軸台車を走行中にとらえたカメラアングルや、2枚窓から見えた前方展望もあってサービスたっぷり。エンドロールでは運転台も見せてくれる。まるでEF58のプロモーションビデオといっていいくらいだ。マイテ49の豪華な車内も見所のひとつ。大きな座席を窓側だけに置いている。展望デッキもたっぷり見せてくれる。

映画『旅の贈りもの 0:00発』に登場する列車

EF58 150 流線型車体が人気のEF58は、国鉄時代にほとんどが廃車された。JR東日本が引き継いだ60号機、61号機はお召し列車牽引機として知られている。150号機はJR西日本が引き継いだ1両だ。レトロなスタイルを活かし、戦後を描いた映像作品にたびたび登場した
スハフ12 702 客車2両のうち前方の1両。12系客車は1969年から1978年まで約600両も製造され、おもに臨時列車や団体列車に使われた。その後、戦前からの旧型客車を置き換えるため定期列車にも充てられた。しかし電車化、気動車化の流れの中でほとんどが廃車。本作品に登場する702は山口線のSL列車「やまぐち号」に使われている
マイテ49 2 後方の客車。1961年にいったん廃車され、交通科学博物館に展示されていた。これが1987年に復活した。現在は「SLやまぐち号」にときどき連結されている
103系(オレンジ) 冒頭で大阪環状線を運行している
201系(スカイブルー) 東淀川駅の場面で華子の背景に登場する
103系(スカイブルー) 大阪駅でEF58の向こう側にいる
207系(旧塗装) 大阪駅でEF58の向こう側にいる。この塗装は2005年の福知山線脱線事故をきっかけに改められた。この作品の撮影はそれより前と思われる
キハ47形 白と黄色の広島色。旅人たちが帰りに乗るほか、由香が海に向かって叫ぶ場面で一瞬だけ背景に映る
キハ121系 華子と地元の少年との場面で、飯浦八幡神社の踏切を通過する
大阪駅 改良工事前の懐かしい姿。ミステリー列車は12番のりばから発車する
東淀川駅 東海道本線の緩行線の駅。華子の自宅最寄り駅として登場する
飯浦駅 山陰本線。ミステリー列車が到着する風町駅として登場。ちなみに風町の街並みなどは飯浦駅付近の神社や広島県呉市豊町(大崎下島)、岡山県笠岡市(真鍋島)など。真鍋島は『瀬戸内少年野球団』のロケ地でもある
戸田駅 山陰本線。ミステリー列車唯一の途中停車駅「玉造温泉駅」として登場。玉造温泉駅は実在するけれど、ロケ地は戸田駅だった

シリーズ2作目『旅の贈りもの ~明日へ~』公開

『旅の贈りもの 0:00発』の公開から6年。今年10月にシリーズ2作目が公開される。タイトルは『旅の贈りもの ~明日へ~』。

定年退職し、初恋の人に会うため、大阪から特急「雷鳥」に乗った男。離婚した父の面影を訪ねて、名古屋から特急「しらさぎ」に乗った女。東京から故郷の福井へ向かうバイオリニスト。それぞれの旅の目的地は福井。3人の旅はどう関わっていくのだろうか?

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脚本は前作と同じ篠原高志氏。プロデューサーも前作と同じ竹山昌利氏。監督は前作の原田昌樹氏が早逝したため、本作は前田哲氏がメガホンを取った。出演は前川清さん、酒井和歌子さん、山田優さんほか。

おもなロケ地は福井鉄道とえちぜん鉄道だ。489系ボンネット型先頭車の勇姿も見どころ。この映画のために、すでに引退した489系電車を走らせたという。