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署名、メモ、手紙…パソコンがどれだけ普及しても、私たちは「手書き」から逃れることは困難です。とすれば、誰もが「少しでも字をキレイに書きたい」という思いを隠し持っているのではないでしょうか?

この連載では、ペン字講師の阿久津直記さんに「そもそもキレイな字とは何か?」から、キレイな字を書くために覚えておきたいペン字スキルまでご紹介いただきます。
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はじめに

「少しでも字をキレイに書きたい」
パソコン・インターネットが普及した今でも耳にします。しかし実は、逆なのかもしれません。パソコンの普及により字を書く機会が激減しているのに、「字はキレイな方がいい」と私たちはいつの間にか思い込んでしまっているのではないでしょうか。

そもそも、"キレイな字"とは、何でしょう? 一時期ブームになった"美文字"という言葉がありますが、"美しい"とは何でしょう? とてもあやふやだと私は考えます。私たちは、「字はキレイな方がいい」という教育は受けていますが、「何がキレイなのか」という明確な指標は学んでいないのです。目標となる字は書道(書写)の先生のお手本であり、これは団体や指導者によって癖があり、これだ! といったものが定められていないのが現状です。

しかしそれでは、何を目指して書けばいいのか、わかりませんよね。そこで本コラムでは、「何を目指して」「何を考えて」字を書けばいいのかをご紹介いたします。特にお手本は用いませんが、皆さんの書いている字を見て、ご自身で赤ペンを入れてみると、次から意識ができるようになります。是非、試してみてください。

「少しでも字をキレイに書きたい」という人へ

「字を書く」ことは運動。目指す形の重要性

具体的なお話をする前に正しておきたいのが、字を書くという科目(書写)は国語に含まれますが、行為自体は"運動"であるということ。テニスやゴルフといった、道具でボールを打つ競技に非常に似ています。ここでは、ゴルフを例に考えてみましょう。ゴルフは、ドライバーを始め、アイアン各種、パターといった様々なクラブを、場面場面に合わせて選びます。そのときに考慮しなければならないのは、「どこに、どのような球を打ちたいのか?」です。このイメージができた上で、「自分の筋力やスキル」「風などの環境」を踏まえ、ようやくクラブを選び、スイングに移ることができます。

字を書くという行為にあてはめてみましょう。まず「書きたい字」を具体的にイメージします。そして、紙の種類、自分の筆圧や指の長さ、書き方を踏まえ、筆記具を選びます。そこまで決まって初めて「ペンを動かす」のです。さらに、ペンを動かす行為は円運動ですので、「どのような軌道を描けば、イメージ通りの線が書けるのか」まで意識してみたいものです。

うまい方というのは、これが自然にできています。自然にでき過ぎていて、解説されることが逆に難しいのでしょう。書かれた字の解説を見る、というのは、打たれた打球を解説されている、ということなのです。まずはじっくり"イメージ"し、"イメージ通り動かす"ことを考えてみましょう。

慣れていないとちょっと読みづらいことも…。まずは「相手が読みやすい字」を考えてみましょう(手紙例 渡邊翠雲)

字を"キレイに"書く目的

皆さんは、何のために字を書きますか? スポーツならその目的は明確ですが、字を書くことには勝ち負けはありません。私は、「字は読むために書く」と考えています。誰が読むのか、何に書くのか等は様々。例えば、自分しか読まないメモ(記者の方など)は自分さえ読むことができればいいですが、会社で人に渡すメモ(伝言など)は相手が読めなければ文字としての役目を果たしていないことになります。

目的を大きく分けると2つ、自分さえ読めればいい場合と人様に読まれる場合。前者であれば特にこだわることはないでしょう。問題は後者ですね。それでは、何を目指せばいいのでしょう? 私は日頃から、『読みやすい字を書くことこそ、相手へのマナー』であるとお話しています。「何て書いてあるのだろう…」と考えさせることがないよう、誰もが一目で読むことのできる字。これが最低レベルの目的ではないでしょうか? その上でちょっとうまければ恥をかくことはありません。まずは、相手が「読みやすい字」を考えるようにしましょう。


阿久津直記
ペン字講師。Sin書net代表。1982年、東京都生まれ。早稲田大学卒業。6歳から書写をはじめ、15歳から本格的に書道(仮名)を学び、18歳で読売書法展初入選。23歳で書家の道を辞し、会社勤め時代に立ち上げに携わった通信教育で企画・運営を行う。2009年にSni書netを設立。著書は『たった2時間読むだけで字がうまくなる本』(宝島社新書/2013年)、『ボールペン字 おとな文字 練習帳』(監修/高橋書店/2013年)など。ブログ「恥を掻かない字を書こう」