一条ゆかりが『有閑倶楽部』の連載を始めたとき、多くの読者が「どうしちゃったんだろう?」と思ったはずだ。この作家は、辛くて苦しくて、湿度の高い話ばっかり描いていたはずなのに、この脳天気な新連載は、と。

だけど、浅田次郎が笑いも涙もいける作家であるように、基本的に、泣かせる話が書ける人は笑わせる話も書けるもののようだ。要は人の感情を揺さぶれるテクニックを持ってるということらしい。

そして『有閑倶楽部』と同じような衝撃を与えてくれるマンガがある。『名探偵保健室のオバさん』だ。この作者の宮脇明子は、これまた繊細な絵で、辛くて苦しくて、悪い人の話ばっかり描いていたはずであった。『銀と金のカノン』は、悪だくみのとても上手な少女がのし上がっていく話で、大好きだったなあ。女子高生が頭のおかしいイケメンに監禁される『運命の恋人』は、萌えだった。

そんな作者がいきなり始めたのがアクションサスペンスコメディの『名探偵保健室のオバさん』。タイトルのとおり、保健室のオバさんが高校で起こる事件を次々と愉快に解決していくお話である。これが実に面白い。なにがって、地味に女萌えがいっぱい盛り込んであるからである。

まずこのオバさん、保健室にいるときは、ひっつめ髪で怖い眼鏡して白衣を着てるのだが、有事にはバッサリ髪をほどき、めいっぱいお洒落をして読者を楽しませてくれる。実はオバさんは、ものすごい美女なんである。この変身シーンが女のおしゃれ願望というか変身願望を刺激して、結構楽しい。

そしてこのオバさんが、家来のように使っているのが、男子生徒の神宮司。先生と生徒なので上下関係がハッキリしてて、大変気持ちがよいのである。「救急箱持ってついてこい」とか「私を持ち上げろ」とか、降るわ降るわ、命令の嵐が。そして神宮司も、なんだかんだ言いながら命令に従っちゃうのだ。こんなかわいらしい男子をあごで使えたら、さぞかし毎日楽しいだろうよ。現代版かつ保健室版のオスカル様とアンドレっていうか。

それから、この神宮司がおバカな男子生徒らしく、女を見る目が全然ないのだ。清楚な感じで大人しい生徒を次から次へと好きになるんだけど、そのたびにその女の正体がばれたりする。この、「清楚そうな女が実は」が女には痛快なのだ。現実ではうっかり外見に騙される男の多いこと多いこと。女に激烈に嫌われてるブリッコが男には大人気なんてこともよくあるので、女は少女漫画でそういう憂さを晴らしているのである。

そしてこのオバさん、とにかく超人的にスポーツ万能。ダンスからエアロビから剣道、武道までなにもかも万能で、「お前はアッシュか!」と言いたくなる。しかしこういうのも女にとっては爽快だ。男を知力や体力で打ち負かしてくれる女というのは、日々の憂さを晴らしてくれ、ある種憧れなのである。

この作品は、いろんなところで二面性があって、それも面白い。オバさんと神宮司の絡みはコメディ、事件勃発のくだりはシリアス。神宮司とオバさんの絡みは年上男と年下男、神宮司と女子クラスメイトとの絡みは、淡い初恋。そしてオバさんの冴えない白衣姿と、変身後の美女姿だ。

それからこの作者は、長くサスペンス系を描いていただけあって、少女漫画にたまにある陳腐なサスペンスもどきではなく、いろいろ手が込んでいて、そこも面白い。あんまり漫画を読まない、ダメな展開に寛大じゃない方たちにお勧めするとよいのではないでしょうか。
<つづく>