話は少しさかのぼりますが、私が機関投資家対象の資産運用に疑問とある種の限界を感じ、投資信託での運用について考察していた頃のことです。一冊の有名な本との出会いがありました。現在に至る米国資産運用業界の証券投資理論に多大なる影響を与えている、チャールズ・エリスという専門家の有名な著書である『敗者のゲーム』です。
『敗者のゲーム』で"インデックス運用"と出会う
今では資産運用に携わる者の必読書として日本でもベストセラーになっていますが、それまで自らの経験とカラダで覚えてきた投資の考え方を、そして長期投資への渇望に至った思いを、改めて理論として振り返って、体系的に自分なりの整理をする機会を、この本は与えてくれました。
それはインデックス運用との出会いでもありました。インデックスとは各市場の指標となるいわば平均値、日本の株式市場で言うなら日経平均やTOPIXなどが一般的に良く知られたインデックスです。米国株ならダウ平均が有名ですね。今やありとあらゆる金融市場にはその総合数値を表すインデックス指標が存在しています。
そして『敗者のゲーム』は大多数の投資家にとって最も有効な運用手法がインデックスの活用であると書かれており、それを理論的かつ定量的に、さらには哲学的にも証明していたのです。
日本で「インデックス運用」活用が始まったのは90年代半ば
今でこそインデックス運用は極めて一般化していますが、その歴史は決して長いわけでなく、米国資産運用業界がそれを本格的に取り入れたのは1980年代、そして日本の機関投資家や年金運用での活用が始まったのは90年代半ば頃からのことです。
私も当然のように、運用とは自ら市場のダイナミズムを体感しながら相場のうねりを見極めて適宜行動することだと考え、そうした運用を実践してきました。他人より先んじて潜在している価値を発見し、その本来あるべき価値と現在市場が評価している価格の差にこそリターンの源泉があるのだ、というアクティブ運用以外の発想がありませんでした。
ところが『敗者のゲーム』では、大半のアクティブ運用はインデックスに勝てないことを統計的に喝破したのです。アクティブ運用とは言わば運用者が個性を表現し、その特異性を競い合うようなもの。しかし個性を追求する行動よりも、無個性を貫く運用が長期的には良好なリターンを積み上げてしまうのだと、この本はデータとともに裏付けとなる論拠を持って証明していたのです。
インデックスの有効性における"合理的証明"に至極納得
『敗者のゲーム』が導く結論は、アクティブ運用者にとって自己否定ではありますが、実際にその経験を踏まえて来たからこそ、インデックスの有効性における合理的証明には至極納得したのでしょう。運用とは必ずしも勝ちに行くことだけが目的ではなく、決して負けない運用の安定性とその有効性を、私も素直に受け入れました。
その頃日本の年金業界ではこぞってインデックス運用を取り入れていました。それは市場平均に沿ったリターンを積み上げて行くことへの蓋然性が確かにあったからなのです。ではインデックス運用の蓋然性とは何に裏打ちされるのでしょうか? それは中長期的な市場の成長です。そして市場が時間と共に拡大して行く前提こそが実体経済の成長で、私たちの拠って立つ社会が経済成長を実現し続けられるならば、経済活動を支える市場もそれに連動するはずだからです。
この資産運用の考え方は改めて詳しく後述したいと思いますが、とにかく『敗者のゲーム』が以降私の長期投資へのアプローチに甚大な変化を、そして資産運用のプロでない大多数の個人にとって、負けない投資たるインデックス運用は大いに有効であり納得性があるに違いないという"気付き"を与えてくれたのです。
そして、インデックスファンドを史上初めて世に送り出したジョン・ボーグルという人が創業した米国の独立系運用会社「バンガード」の存在を知ったのも、同じ頃のことでした。
執筆者プロフィール : 中野晴啓(なかの はるひろ)
セゾン投信株式会社 代表取締役社長。1963年東京生まれ。1987年明治大学商学部卒。同年西武クレジット(現クレディセゾン)入社。セゾングループのファイナンスカンパニーにて債券ポートフォリオを中心に資金運用業務に従事した後、投資顧問事業を立ち上げ運用責任者としてグループ資金の運用のほか外国籍投資信託をはじめとした海外契約資産等の運用アドバイスを手がける。その後、(株)クレディセゾン インベストメント事業部長を経て2006年セゾン投信(株)を設立、2007年4月より現職。米バンガード・グループとの提携を実現させるなどにより、現在2本の長期投資型ファンドを設定、販売会社を介さず資産形成世代を中心に直接販売を行っている。また、全国各地で講演やセミナーを行い、社会を元気にするための活動を続けている。
公益財団法人 セゾン文化財団理事
NPO法人 元気な日本を作る会理事
著書
『運用のプロが教える草食系投資』(共著)(日本経済新聞出版社)
『積立王子の毎月5000円からはじめる投資入門』(中経出版)
『投資信託は、この8本から選びなさい。』(ダイヤモンド社)など
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