機関投資家に操作された相場
ドル/円は、6月前半、下限108.20近辺、上限108.70近辺と思われる日本の機関投資家のレンジ防衛に対して、特に海外投機筋のレンジブレイク狙い(攻撃)の構図が結構長く続きました。
防衛側がつぎ込む金額が大きいため、攻撃側が劣勢を強いられていました。
まさに、下限にせよ上限にせよ、それがブレイクしたからと言って、ロスカットが出るどころが、次の水準に、機関投資家の買いオーダーなり、売りオーダーなりが新たに出て来て、レンジブレイクを一時的なものにさせていました。
恐れていたのは、攻める側が戦意を失って、相場が動かなくなり、まさに「そして誰もいなくなった」という閑散膠着レンジ相場にならなければ良いがと思っていました。
ただし、人為的に閑散膠着レンジ相場となったとしても、相場にトレンドがある限り、それに抗することは、かなりの力が要り、結局は、多くの場合、トレンド方向に向かうものです。
そして、6月19日、FOMCで8人の委員が年内利下げ予想に転じたことから、膠着レンジ相場はドル安方向に破れました。
介入が巨額なら効くというわけでもない
2003年から2004年に掛けて、財務省・日銀は、大量のドル買い介入を実施したことがありました。
しかし、誰もが太刀打ちできないような、巨額の介入額を振り回したため、皆が財務省・日銀側につき、ドル買いをしました。
その結果、マーケットがロングに大きく偏り、上がるどころか下がりだし、2003年8月の寄り付き120.54近辺から、2004年3月の引けが104.20となる、つまり16円34銭もの下落を見た相場となりました。
ですから、いわゆる力に任せてという自信過剰の売買が決して良い結果を生まないと思います。
したがって、本邦通貨当局も引き際をうまくやらないと、猛烈な市場の反発を受けることになるものと思われます。
その意味で、今の日本の機関投資家がドル/円の相場レンジを操作していることによる歪みが、後々大荒れの相場となる可能性は高いと見ています。
介入が消えた日
さらにさかのぼって、力で相場を操作しようとして起きた大相場があります。
1992年9月、BOE(イングランド銀行)と著名投資家ジョージ・ソロス氏が、ポンド/ドルで対決した話は、あまりにも有名です。
当時、私は、ニューヨークにいて、対決の一部始終を実際にディーラー席で、ブローカーがスピーカーボックスを通じて唱えるポンド/ドルの値動きから聞いていました。
ポンド/ドルを売りで攻めているのはソロス氏、それに対して、BOEは、全ブローカーに買いオーダーを並べて防戦していました。
BOEの買いオーダーには条件があって、最低5千万ポンドでないと取引を受け付けないとしていました。
ソロス氏は、この買いオーダーに向かって、売り続けました。
一方、商取引上、小口のポンド/ドルを売買しなくてはならない銀行もあり、そうした銀行は、BOEの買いオーダーよりも下のレベルで、売買をしていましたので、相場が二重構造になっていました。
こうした変則的な相場が何日か続いたある日、確かニューヨーク時間の午後3時だったと思いますが、突然、BOEは、全ブローカーから買いオーダーを引きました。
その途端、ポンド/ドルは滑落し、1日で約745ポイントの下落を演じました。
下落は、翌日以降も続き、半年間で約4600ポイントも下げることになりました。
このように、介入が破られた時は、相当なしっぺ返しを食うことになることを、過去に何度も経験しています。
要は、自分の取引額の大きさに過信が生まれた時、操作不能の大相場になります。
それだけに、相場に対しては、謙虚で素直であることが大事です。
つまり、「おごれるもの久しからず」ということが、相場のひとつの真理だと思います。