ヘアメイクアップアーティストというのは、俳優さんたちにとっては大事な大事な存在であったと思いますが、我々一般人にはそれほどなじみがない職業だったと思います。しかし、90年代という時代は、そういったウラカタの人にスポットが当たった時代と言えるのではないでしょうか。西の横綱が IKKOさん、東の横綱は藤原美智子センセイと言えるでしょう。

  • イラスト:井内愛

世代を問わず汎用性の高い藤原センセイのメイク

藤原センセイはNHKの番組でもメイクのコーナーを持っていましたが(商品名をきちんとかくしたグッズでメイクされていました)、なぜセンセイに白羽の矢が立ったかというと(もちろん人気者だったからですが)、藤原センセイのメイクは世代を問わず、汎用性が高かったから、そして、メイク時間が短かったからではないかと思うのです。毎日メイクをするであろう20代の女性会社員はもちろん、子育てなどでメイクから遠ざかっていた女性たちが、もう一度メイクを始めようというとき参考になるのは、奇抜ではなく、短時間できれいになる正統派メイクでしょう。藤原センセイのメイクはまさにそれだったのではないかと思います。そこから、「藤原さんはどんな人?」と興味を持つ人が増え、ライフスタイルや、考え方など藤原センセイにもスポットが当たって行ったと記憶しています。

藤原センセイと小田切ヒロさんの師弟関係

最近人気のヘアメイクアップアーティスト、小田切ヒロさんは実は藤原センセイのお弟子さんで、自身のYouTubeチャンネルの登録者数が50万人を超えた記念に、藤原センセイとの対談を配信していました。師弟対談の中で、なるほどさすが藤原センセイだと思わされた発言をご紹介させていただきましょう。

師匠に弟子入りして技を覚えていく、技を盗んでいく世界というのがあり、美容はその典型ではないでしょうか。新人の頃のIKKOさんもだいぶ先輩にはしごかれたようですし、自分のお客さんのお誕生日などのお祝い事には、自腹を切ってお祝いせよなど、その世界のマナーも叩き込まれたと言います。しかし、この教育というのは、今の時代はハラスメントと紙一重。言い方、やり方に注意が必要です。

それでも、師匠と弟子という関係に意味があるのだと思わされたのが、藤原センセイと小田切さんの対談なのです。人気のメイクアップアーティストとなった小田切さんのもとには、「メイクを学びたい」という理由でアシスタントを志望する人もいるのだとか。

自分が憧れているアーティストからメイクを学びたいと思うことは、正直な志望理由でしょう。しかし、アシスタント業務にはお給料が発生するはず。仕事は労働力とお金を交換するものですから、いくら本心だからといって「メイクを学びたい」と言ってしまうのはちょっとアレなのではないかと私は思うのですが、藤原センセイも承服しかねるご様子。

「藤原サンと一緒だと、なんでこんなスムーズに撮影が終わるんだろう」と言われるセンセイ

腕組みをしてうなってしまった藤原センセイは、こんなエピソードを披露していました。センセイは「藤原サンと一緒だと、なんでこんなスムーズに撮影が終わるんだろう」と言われるそうですが、それは「スムーズにいくように目配り、気配りしているから」。センセイ曰く「周りに気を配り、スピーディーに動くこともヘアメイクの仕事」とおっしゃっていました。つまり、メイクができるだけでは、仕事として成立しないのです。

そして、藤原センセイのお弟子さんたちは、センセイの臨機応変なやりようを見てトラブルの対処の仕方を生きた教材として学び、「こういう時はこうすればいいんだ」とマスターしていく。特に言われなくても、日々の出来事から学べるタイプの人であれば、メイクの技も見て盗めるのではないでしょうか。メイクだけなら学校でも学べるでしょうし、アーティストとして自分の腕を世間にアピールしたいというのなら、YouTubeチャンネルを開設するのもいいでしょう。けれど、「仕事として」ヘアメイクをやるのなら、メイク以外の能力もかなり重要なのだと思います。

私はメイクの撮影に立ち会ったことはありませんが、藤原センセイの主戦場であった女性誌というものが、いろいろな人の手を経て出来上がっていくことは知っています。誰もが読者を感動させたいと思っているでしょうが、たくさんの人が関わるということは、全員のモチベーションが一致するということはまずないと言っていいと思います。いいモノを作るためなら残業もOKという人もいれば、お子さんがいて家庭と仕事の両立で疲れている人、恋人ともめていてなんとなく体調がよくないなど、口にはださないけれども誰もがいろいろな事情を抱えていることでしょう。唯一、誰もが共通して喜べることがあるとしたら、それは「早く帰れること」ではないでしょうか。撮影がスムーズにいけば、それ以降の手順もスムーズに行くから早く帰れる、トラブルが起きなければストレスもありませんし、誰もが自分のペースで仕事が全うできるはずです。トラブルのない現場を作り上げる藤原センセイのような人ほど、ありがたい人はいないと思います。

分野は違っても、レジェンドと呼ばれる人は、自分のことだけ考えていないという意味の視野の広さを持っていることに気づかされます。藤原センセイをつき動かすのは「どうしたら、相手が気持ちよくいられるか」という他人への心遣い、つまり思いやりエンジンなのかもしれないと思わされたのでした。