"茶の湯"の所作や心得、教養を学び、また癒しを得ることで、ビジネスパーソンの心の落ち着きと人間力、直観力を高めるためのビジネス茶道の第一人者である水上繭子。本連載では、水上が各界のキーパーソンを茶室に招き、仕事に対する姿勢・考え方について聞いていく。

第10回は、パリ第13大学で植物薬理学を学び、日本におけるフィトテラピーの第一人者として活躍している、植物療法士の森田敦子さんにお話を伺った。フィトテラピーとは、ハーブや漢方薬の持つ力を借りて、自然治癒力や免疫力を高める療法で、日本語でいうと「植物療法」のような意味になる。

  • 植物療法士の森田敦子さん(左)と、聞き手の水上繭子(右)

病気をきっかけに植物療法を学ぶ

植物療法士として活躍する前の森田さんは、いわゆるバブル期に全日空の中国線で要人担当の客室乗務員を勤めていた。そのきっかけは、小学生の頃にテレビで放送されていた三国志の人形劇。中国語を学ぶことが未来につながると考えた森田さんは、教師などの反対も多い中、高校を卒業して中国語を学ぶ。これが中国との関係性を強めていく全日空での勤務へとつながっていった。

だが、慣れない仕事の緊張感と体調を整えられない自身の生活の中、森田さんはついにダストアレルギー気管支喘息を発病してしまう。幸い仕事は続けられたものの、薬を使い続けなければならず、子供も産めないであろう体となってしまった。

当時は男女雇用機会均等法もない時代。フライトアテンダントは、寿退職していくのが慣例だった。その流れから外れてしまった森田さんは、薬を使って仕事を続けるなかで、フランスに薬草学という学問があることを知る。

1992年の12月、森田さんは全日空を退職し単身渡仏。パリ13大学の薬学部で薬効テラピーを学び始める。そして1995年から、現地の病院の婦人科で働き始め、その後1997年に帰国。同時に養子という形で結婚し、新たな生活をスタートさせた。

  • 茶室で森田さんのこれまでの人生についてお話を伺う

フィトテラピーが持つ力

フィトテラピーやアロマテラピーなど名前も知られておらず、せいぜい雑貨扱いだった当時の日本。森田さんは植物療法に基づいた商品とサービスを提供する会社、サンルイ・インターナッショナルを設立するとともに、信州大学農学部、大阪大学工学部などで、植物療法の研究を進める。地道にセミナーを続けながら、そこで得たお金をすべて研究費につぎ込んだ。

「植物が薬理効果を作るのは、植物の自己保全のためです。それを人類がうまく使ってきたのが漢方やフィトテラピーといえます」と森田さんは説明する。

転機が訪れたのは2003年のこと。植物の薬理効果に関する研究が国に認められ、日本バイオベンチャー大賞近畿バイオインダストリー振興会議賞を受賞。これによって、フィトテラピーやアロマテラピーが直接仕事に結びつくことになる。こうして森田さんは、日本国内の第一人者として植物療法を広めてきた。

「人間は植物が育んだものを食べないと生きていけませんが、植物は光合成と土の中の水や鉱物を使って自己の回復能力を高めます。これをエリシターと呼びます。賞を取ったのはこの研究に関する内容です。これによって企業から投資を得ることができ、植物療法を広めるきっかけとなりました」

そのころ森田さんは40歳半ばを迎えながらも、難しいといわれた出産も経験。自身が実践し続けていたフィトテラピーの効果を深く実感することになる。

「若いうちは自分の心や体を過信しがちです。体をケアする方法を20~30代のうちから知っておくことが、楽しく仕事をしていくための大事なことだと伝えたいと思います。眠れないとき、イライラしたときの諸症状を緩和する効果がフィトテラピーにはあるのです」

日本の茶の文化は、中国から禅僧が健康や修行によいということで種を持ち帰ってきたことに遡り、植物の葉であるお茶にも様々な効能がある。私は茶道を教えつつ、植物療法士としても活動しているが、森田さんのお言葉から学ぶことは多い。

  • 植物療法を学んだ背景には中国文化の漢方薬の影響もあったという

性は生きるためのエネルギー

植物療法に関する多数の著書を持つ森田さんだが、一方で女性の体の悩みに関する執筆も積極的に行っている。2019年に出版された「感じるところ」(幻冬舎)では、女性器に関しての実用的なエッセイを展開し、反響を呼んだ。

「私たちの大学では性科学というものがあって植物学をやります。なぜなら、食べること眠ることだけで体はできていないからです。ただ機能性のある薬草を飲んだだけでは効き目はでません。体はもっとホリスティックにできているのです。なぜ女性には性欲があるのか、男性はどうなのか、その仕組みを知らなければいけません。そして女性をどう扱わなければいけないのかを学ばなくてはいけないのです。」

現代社会において、差別、いじめ、ハラスメントなど人と人がぶつかり合うことは避けるべきことだ。しかし、それでもなお戦いあっている社会があるように水上は感じている。現代では情報が飽和し、若いうちから心身を病んでしまう人も増えている。特に男女関係のすれ違いは広がっているのではないだろうか。どこからどこまでがセクハラで、親しみを込めた交際なのかがわからなくなり、深い溝を作っている気がする。

「若い人たちの悩みは体のことだけではなくて、“繋がりたいのに繋がれない”、“でもどうやって繋がったらいいかわからない”といったものもあるでしょう。私の若いころは男性も女性もアグレッシブに恋愛をしていました。恋愛がオープンで明るかった時代があったのです。でも、いま同じことをしたらきっとセクハラですよね。誘えないし、誘われないのです。女性が女性を出せなくなってきていると思います」

  • 数多くの女性の悩みを聞いてきた森田さん

セクシャルなことはある種のエネルギーだ。そしてこのエネルギーは仕事などの活力につながっていると思う。現代ではこのセクシャリティが無色透明になってきており、森田さんはこの現状を危惧する。

「現代ではセクシャルなことが抑圧され、男女の繋がりが分断されてしまっていると感じます。恋や愛といった相手を欲して思いやるエネルギーは生きるための免疫力です。ですが、いまの20代は我々にない、ある種あっけらかんとした強さを持っています。その純粋な興味には私も驚かされることがたくさんあります。フィトテラピーは、そんな性を楽しみ、元気に生きるエネルギーを得ようとしている人の手助けができると思っています」