2010年末にホンダは、埼玉県との次世代パーソナルモビリティの実証実験計画を公表した。そこに現れたクルマはフィットをベースにしたコンパクトEVとインスパイア(北米ではアコードとして販売)のハイブリットカーだった。コンパクトEVは事前に告知されていたものの実車を目にするのは初めてだし、インスパイアベースのハイブリッドカーも実車は初公開。最近自動車メーカーがEVやプラグインハイブリッドに関連するアナウンスが多いと感じている人もいるだろう。じつは各社がこれらを発表する、このタイミングには大きな理由がある。

フィットをベースにしたコンパクトEV。実証実験のクルマはプロトタイプ的なもので、量販市販車はもっとブラッシュアップされるはずだ

手前はモンパルML200とEV-neo。ルーフはソーラー充電ステーションで、ホンダの和光本社ビルに新たに設置されたものだ。再生可能エネルギーによるモビリティの未来は、すぐそこまで来ている

それは2012年からアメリカのカリフォルニアで始まる"ZEV法"があるからだ。大気汚染を改善して環境を保護するために排気ガスを出さないクルマ=ゼロ(Z)・エミッション(E)・ビークル(V)にすることを求めた法律がいよいよ始動するからだ。このZEV法はGMやフォードの強い抵抗で紆余曲折があり、当初より緩やかな規制になりようやく2012年から適用されることになったわけだ。ZEV法ではカリフォルニアで自動車メーカーがクルマを販売する場合、ある一定の台数をZEVにすることが求められている。ZEVの代表格はEVや燃料電池車だが現実的な価格で販売できるのは今のところEVだけというわけ。そのためアメリカ市場でクルマを販売しているメーカーは、EVを造らざるを得ないという背景があるわけだ。

もちろんEVだけではなく、燃費がよく環境負荷が少ないハイブリッドカーやプラグインハイブリッドもZEVに換算することができるため、こちらの開発も急速に進んだわけだ。昔はアメリカが「マスキー法」という排ガス規制を行って、クルマの排気ガスが急速にきれいになったが、今回のZEV法ではクルマそのものの変革を迫ることになる。いずれのターニングポイントも"アメリカ発"というのはとても残念。だがアメリカ市場が縮小したからといってこの市場を自動車メーカーは無視できない。ナンバーワンの中国に続いてまだ二番目に販売台数が多い巨大マーケットであることに変わりないから対応せざるを得ないのだ。EVやプラグインハイブリッドを持たなければ巨大市場で利益を上げられなくなるし、今後の世界的な流れでも遅れを取ることになる。そのため各自動車メーカーはEVやハイブリッドカーなどを相次いで発表しているわけだ。

ホンダはEV開発が遅れていたという解説するアナリストがいるが、そんなことはまったくない。ホンダは1997年にEVプラスというEVを開発してリース販売した実績がある。当時はバッテリーがニッケル水素だったため1充電での走行距離が短かった。さらにリース料金が高価だったことと登場時期が早すぎたため普及するまでには至らなかったが、その後の燃料電池車やハイブリッドカーのモーター制御や電池制御技術に貢献した。このEVプラスの試乗には思い出がある。当時からエコカーの取材をしていたため、ホンダに無理を言って東京から伊豆往復の試乗を行ったのだ。

宿泊先の伊豆でAC100V充電を行えば余裕で東京まで帰って来られる計算だった。ところが宿泊先で充電しようとすると一瞬チャージランプは点灯するがすぐにキャンセルされてしまい、何度繰り返しても充電が開始されなかった。ホンダに連絡すると開発した本田技術研究所までもが電話で対応してくれたが結局充電できない原因がわからなかった。バッテリー残量はあり走行にも何の問題もなかったが、その残量では東京にたどり着けないことは確実だったので、翌日ホンダがキャリアカーで回収に来てくれたというほろ苦い思い出がある。後日充電できなかった原因が判明。トラブルの元は充電コードを延長するために使っていたコードリール。細い線のコードリールを使ったため電圧低下が起こったことと、リールに長い線を巻き付けたまま通電したことでノイズが発生したしたためだ。今は充電プラグを直接コンセントにつなぐことが常識だが、当時は使う側もそんなことも理解していなかった昔の話だ。

このようにホンダは以前からEVのノウハウを持っていたわけで、ZEV法への対応もあってコンパクトEVが実現しわけだ。埼玉県での実証実験はフィットベースのコンパクトEVだけではなく、都市交通環境下での二輪車、汎用製品の電動化技術や情報通信技術、太陽光発電によるエネルギー供給などの検証が目的だという。二輪車で使われるのは前回の東京モーターショーですでに発表されていたEV-neo、電動カートは高齢者や歩行障害がある方が利用することが多いモンパルML200が実証実験に使われる。同様の実証実験は熊本県でも行われ、ホンダのコンパクトEVや次世代ハイブリットカーが一足早く、埼玉県と熊本県の一般道を走りまわることになる。

フィットベースのコンパクトEVの特徴は、燃料電池電気自動車のFCXクラリティに使われている同軸モーターを使用している点。FCXクラリティの車両重量が1635kgなのに対し、コンパクトEVはベース車よりやや重い程度だろうから動力性能はかなり高いはずだ。実際モーター出力は、FCXクラリティの100kWに対してコンパクトEVは92kWだから大きな差はなく走りが期待できる。注目のバッテリーは東芝製リチウムイオンバッテリーを搭載しているが、これは今後の量産車ではどこのものになるかまだ確定していないという。充電時間は200V電源で6時間以下、航続走行距離は160km以上だからパーソナルモビリティやシティコミューターとして十分に使える航続距離を持つ。大容量のバッテリーを搭載しない理由はコストだ。

今回の実証実験ではもう一台注目すべきクルマがある。それがインスパイアベースのプラグインハイブリッド車。注目点はプラグインという点ではなく、ホンダ独自の2モーターの新世代ハイブリッドという点。ホンダはこのハイブリッドのメカニズムをまだ詳しく公開していないがトヨタのような遊星ギヤを使うタイプではなく、トヨタグループの持つ特許をうまく避けたフルハイブリッドのようだ。バッテリーはホンダとGSユアサが出資して設立したブルーエナジー製のリチウムイオンバッテリーを搭載。EV走行のみで最大25km走行できるという。このハイブリッドも北米で市販されているアコードハイブリッドの次世代モデルとなるはずだ。

2011年終盤から2012年は世界の自動車メーカーからEVが登場しその一部は市販される。ワールドワイドでのEV元年は2011-2012ということになりそうだ。

エキゾーストパイプがないことを除けば、ノーマルとほとんど変わらないデザイン。車検は改造車として受けていて、構造変更の登録は発表直前の12月16日

伊東社長によるドライブで走行。EVなので静かに発進しモーター音も聞こえず、耳に届くのはロードノイズがおもだ

充電口は左フェンダーに付けられていている。充電時間は100Vで12時間以下、200Vで6時間以下、急速充電なら30分(80%充電)ですむ

このコンパクトEVの国内第一号車はFCXクラリティなどの電装部品を流用している。今後登録するコンパクトEVは順次バージョンアップする予定だという

モータールームは二階建て構造でインバーターの下にモーターを配置する

リヤシートの足元。サイドシルとフロアがほぼ同一面にかさ上げされているのは、バッテリーがフロア下に納められているため

運転席のシート下の形状もノーマルのフィットとは形状が異なっている。バッテリーをフロアに納めたためだ

フロア下を見るとバッテリーを搭載していることがよくわかる。強固なプロテクションが施されているようで、サイドインパクトにも強そうなデザインになっている

インパネの基本デザインに大きな変更はない。シフトの表示やメーターなどEV専用の表示になる

メーターの左側がパワーメーターに変更されている。グリーンのゾーンは減速エネルギーを回生していることを示している

フィットEVはリヤのフロアが高くなってしまっているため、大柄な人が座るとこのように太ももが座面から浮いてしまう

改造車のためモーター部分には国交省のシールが貼られている

インスパイアのプラグインハイブリッドも注目車だ。2モーターのハイブリッドシステムの詳細は明らかにされなかったが、トヨタTHSの特許をうまく回避しているらしい

プラグインハイブリッドのエンジンルームはすでに市販車並みの出来栄えだ

もちろんEV走行が可能で最大約25km走ることができる