「天然」がひとつのステータスだった
絶滅したと思っていたんです、「天然」問題。今の20代~30代前半といえば、多感な時期に「天然」が猛威をふるっていた世代で、それはそれはもう、クラスの女子見渡して、天然か天然じゃないかで2種類に分けられていたんじゃないかってくらい、「天然」がひとつのステータスだったわけです。
天然だったら西ドイツ、天然じゃなかったら東ドイツねー、っていうくらいの、重要事項。天然じゃない女子たちはもう、天然の目の前に立ちはだかるベルリンの壁に絶望する日々。西ドイツへ行きたくても、自分が天然じゃないことくらい自覚しているし、ゆめゆめ天然ぶるなどできないから東ドイツにいるんだし、と。
そんなベルリンの壁も、こりん星の爆発とともに崩壊、のちに、紳助&スザンヌ政権の頃に、おバカタレントと名前を変えて一瞬世を制圧しかけたけど、つわものどもが夢の跡。昨今は、「天然」が話題にのぼることもほとんどなくなったのですが、それでもしぶとく残っているんですよね。今回物申したいのは、そんな話。飲みの席で、久々に聞いたのです。
居酒屋で聞いた「絶対A子ちゃん天然でしょ?(笑)」
居酒屋でトイレを探して迷ったらしきA子に対し――
B男「え? 天然? 天然?(笑)」
A子「ちが……、ちょっと迷っただけで……!」
B男「絶対A子ちゃん天然でしょ?(笑)」
始まってしまいました。天然・天然じゃない押し問答。こうなったら最後、どんなにA子が否定しようと、B男は否定すればするほど喜んで天然天然と繰り返し、議論は平行線を辿る一方です。さらには、聞き間違いや読み間違いなど誰にでもある天然でも何でもないミスを事あるごとに指摘して「天然」に仕立てあげてくることでしょう。
B男のようなタイプが一番興味があるのは、A子が「天然である」かどうか自体じゃなくて、「A子のミスを指摘している俺」だから。頑張れ負けるなA子! と、見ず知らずのB男に敵意剥き出しで経過を見守っていたのですが……。
A子「ふぇぇぇぇ……!」
B男「いやー、天然には全部持っていかれますわ(笑)。養殖な俺らは敵いませんわ(笑)」
A子「違うんですぅぅ!!」
……想像とは違った方向に進んでまいりました。文字面だけだと、媚びを売っている女の子と、それをかわいいと思っちゃっている男、というように見えますが、現場で聞いていると、どうも違う感じがするのです。
A子は天然な言動でB男の気を惹こうとしているようには到底見えない。対する、A子を天然に仕立てあげようとしているB男も、どこか相手に興味がなさそう。A子がアニメのキャラクターのような喋り方で発言するのをしばらく観察していて、わかりました。これ、ロールプレイだ。
「お互い相手には興味ない」ふたり
この会話における、A子とB男の心情を述べるとしたら、たぶん、こうです。
●お互いに、相手のことには興味が無い。恋愛的に相手の気を惹こうとしているわけでも、モテようとしているわけでもない。
●A子は「天然な私」の演出、B男は「A子のミスを指摘している俺」の演出が一番の目的。
そしてそもそも、人に迷惑をかけない範囲でうっかりミスをする都合のいい「天然」なんてこの世に存在しないんです。いたとしても、それはある程度、”そういうキャラクターとして許されるレベル”におさまるように、自分で制御するくらいの知恵は持ち合わせているのです。
したがって、それは論理的に考えると、制御している時点で「天然」ではありません。正真正銘の「天然」だったら、キュンとくるポカミスやかわいいおバカ発言をすると同時に、例えば太っている人の前で「全然痩せないんだよね」と言っちゃうような、笑えない失礼さも持ち合わせているはずですから……たぶん。
<著者プロフィール>
朝井麻由美
フリーのライター・編集者。主なジャンルはサブカルチャー/女子カルチャーなど。体当たり取材が得意。雑誌「ROLa」やWeb「日刊サイゾー」「マイナビニュース」などでコラム連載中。近著[構成担当]に『女子校ルール』(中経出版)。Twitter @moyomoyomoyo
題字イラスト: 野出木彩