ITジャーナリストの久原健司です。前回、地方創生にITを活用した島根県隠岐郡海士町の例をご紹介しましたが、今回は千葉県いすみ市の例についてお話しします。
7.農業情報を活用した技術継承プラットフォーム事業(千葉県いすみ市)
同事業は、ベテラン農家の栽培技術・知見や新たな農産物の栽培技術・知見を科学的なデータとして共有できるICT技術継承プラットフォームを構築し、農業所得の増加と新規就農者の獲得に結び付けるということだそうです。
農業は、その土地でやるものと伝承されてきていますが、伝承されてきた内容は未来も変わらないのでしょうか。そんなことはありません。気候もどんどん変わってきていますし、お米の産地も北にどんどんずれています。いわゆる玄人たちが言ったことが、すべて正しいのかというとそうでもないのです。
そもそも玄人とは、どういう定義なのかを考えてみましょう。70歳ぐらいの人がお米作りを20歳からやっているとしたら、50回くらいはやっていると言えます。しかし、逆に考えれば50回しか行ってないのです。50回しかチャンスがないのに、それを玄人と言うのでしょうか。
というのも、どうすれば、たくさんの作物を安定的に生産できるか。これが農業にとっての課題だと思います。新人でも外国人でも、その土地に合ったものを効率的に生産するために、AIやITを駆使した仕組みがあれば、課題の解決につながるに違いありません。
しかし、千葉県いすみ市だけでデータを取るのではなく、日本全国さまざまな場所で、実験的に水を多く与えるところ、少なく与えるところを作ったり、日照を変えたりしてみるなど、いろいろなデータを取る必要があると思います。実は水耕栽培では、それができています。水の量やLEDライトの強さを調節することによって、味やビタミンの量を実験的に変化させているのです。
農業以外の専門家がイノベーションを起こす可能性も
1年に1回しか生産できない作物に対して、ひとつの地域でやったら1件分のデータしか取れませんが、5,000カ所でやれば、5,000件分のデータを取ることができます。1年に1回しかできないと時間がかかり過ぎますが、それを早送りするために、たくさんの場所でたくさんのケースを取ってやるしかないのです。もちろんひとつの場所で24時間365日のデータも必要ですが、場所を変えたところのデータも絶対に必要になってきます。AI に覚えさせるにも、非常にたくさんのデータが必要になるので、かなり広範囲でやらないといけないのです。
農業というものは、いろいろな専門分野のスペシャリストが集まってやらざるをえません。ですから、天気、土壌、環境といったスペシャリストの勘と経験を生かした論理的な方法を、さまざまな地域で試してみる。そういう形でたくさんのデータを取ったほうがいいと思います。
例えばアメリカでは、日本に比べてオープン・イノベーションが盛んで、大学ですと、 IT業界の人とデザイナー協会のトップスペシャリスト2人を集めてプロジェクトを組むことがあります。イノベーションは、そういうところで起きています。本来関わらないかもしれないようなスペシャリストたちが交わることによって、新しいものが生まれるのです。
したがって、農業においてイノベーションや新しいことをやろうとしているときは、「農業」というジャンルでくくられない分野、それこそ本当に関係ないかもしれませんが、芸術家や歴史学者といったようなジャンルのスペシャリストを集めることによって、農業の難しい問題を解決する方法ができるかもしれません。
食糧問題の解決が争いごとをなくす
年に1回しかできないものが、その1年で30年分と同じようなデータを取ったことにするにはどうしたらいいか、みんなで考えてみる作業を、さまざまな分野の専門家でやると面白いのではないかと思います。
国連世界食糧計画(World Food Program)が作成しているハンガーマップ(世界の飢餓状況を示す世界地図)を見たことがあるでしょうか? 世界の人口はどんどん増えており、将来、食べ物がなくなり、奪い合いになることを示唆しています。お腹をすかした人たちが喧嘩をして、戦争を始めるかもしれないのです。
農産物は一瞬では作れません。でも、農業のイノベーションが起こることによって、みんながお腹いっぱいになれば、喧嘩はしないのではないでしょうか。今起きている尖閣諸島や北方領土といった問題も資源問題という面があります。農業のイノベーションで食糧問題を解決できれば、争いごとをなくすことに繋がると思います。