スポーツの国際大会などでは自国を象徴する色のユニフォームに身を包んだ選手たちが活躍しますが、実はモータースポーツの世界にも「ナショナルカラー」は存在するそうです。「イタリアンレッド」「ブリティッシュグリーン」「フレンチブルー」などですが、さて、日本は何色なのでしょうか? モータージャーナリストの内田俊一さんに聞きました。
ホンダのF1マシンは金色だった?
「ナショナルカラー」はその国を象徴する色で、サッカーなどではユニフォームが何色かを見るだけで出場国が分かったりする。モータースポーツの世界では国際自動車連盟(FIA)が出場国ごとにボディカラーを決めていた時代があったが、それ以前、戦前から国と色には密接な関係があった。例えばイタリアは赤、イギリスは緑、フランスは青、ドイツは白(のちにシルバー)といった具合だ。
では、日本はどうか。ホンダF1第1期のマシンを見ると白地に赤の日の丸であり、これが日本のナショナルカラーとして公認されていた。
しかし当初、ホンダのマシン「RA270」はゴールドの塗装に身を包んでテストを行っていた。これはホンダ創業者の本田宗一郎氏が提案したもので、理由にはいくつかの説がある。例えば「金に糸目をつけずにF1を作れ」というところからゴールドにしたというものや、「黄金の国、ジパング」からこの色になったといった話だ。しかし、本戦に金色のマシンで挑むことは実現しなかった。なぜなら、南アフリカのナショナルカラーがゴールドだったからだ。そこで、日の丸をイメージした白に赤のアクセントに落ち着いたのである。
また、ドイツの白に関してもエピソードがある。1930年代、ドイツのナショナルカラーは白からシルバーに変わった。これは、メルセデス・ベンツのファクトリー・レーシングチームが「シルバー・アロー」(銀の矢)と呼ばれることになった理由でもある。
F1では1934年からグランプリカーの規定が変わり、最大重量が750kgになった。そこでメルセデスベンツは、3.4リッターの直列8気筒エンジンをスーパーチャージャーで過給し、最高出力345馬力と時速300キロの最高速度を誇る「W25」を開発した。
しかし、いざレースとなった時、前日の車検で規定の750kgを1kgオーバーしていることが発覚。今も昔もレーシングカーは1グラム単位の軽量化に心血を注いでいるため、すぐに1kgも車体を軽くするのは不可能と考えられた。
そこで当時の名将といわれたアルフレート・ノイバウアは、ボディのすべての塗装を剥がすことを指示。もともと白だったボディはアルミの地肌そのもの、まさにシルバーに輝くクルマとなったのだ。その結果、750kgの規定重量をパス。これがシルバー・アローの歴史の出発点であり、ドイツのナショナルカラーがシルバーになった瞬間でもあった。
戦後は徐々にスポンサー色が強くなり、ナショナルカラーの考え方は薄らいでいった。