【あらすじ】
コマガール――。細かい女(ガール)の略。日々の生活において、独自の細かいこだわりが多い女性のこと。細々とした事務作業などでは絶大な力発揮をするが、怠惰な夫や恋人をもつとストレスが絶えない。要するに几帳面で神経質な女性。これは世に数多く生息する(?)そんなコマガールの実態を綴った笑撃の観察エッセイです。

先日、古い友人と飲んでいるとき、彼がこんなことを言った。

「山ちゃんとチーちゃんって、いつか別れるんじゃないかって心配になるときがある」。 え、マジで――!? 思わず目を剥いた。驚きすぎて、飲んでいた酒を吐き出しそうにもなった。我が夫婦がそんなふうに見られていたとは、夢にも思っていなかったのだ。

友人曰く、その心配は普段の僕とチーの会話に端を発しているという。チーに対する僕の言葉遣いが少々乱暴に聞こえることがしばしばあるらしく、そのためチーが内心辟易しているのではないか、あるいは夫婦仲が殺伐としているのではないか、かような勘繰りが働いてしまうらしい。平たく言えば、うまくいっていないように見えるわけだ。

確かに、似たようなこと言われた記憶が他にもある。例えば僕ら夫婦が贔屓にしている近所の居酒屋でのことだ。その店の主人と女将さんは、いつもカウンターに座って飲み食いする僕とチーの様子が自然と目に入ってくるわけだが、2人とも仕事をしながら冷や冷やすることがよくあるらしい。原因はもちろん、以下のような僕らの会話である。

「ねえねえ、飲み物は何がいいと思う? 」。チーはメニューを見ながら、そんな質問をしてくることが多い。一方の僕はそんなチーの質問にまともに取り合わず、「好きにしいや」と乾いた口調で一蹴することになっている。しかし、それでもチーは「じゃあ、ビールにしよっかなあ。ねえ、ビールでいい? 」としつこく同意を求めてくるわけだ。

「だから、好きにしいって言ってるやん。自分の飲み物なんやから、俺に同意を求めてこんでもええやろ」「そうなんだけど、迷っちゃうから」「早く決めえや」「よし、決めた。ビールにする」「じゃあ、早く頼みな」「ええ、でも2人とも(店主と女将さん)忙しそうだし……」「そんなこと気にしてたら、いつまでたっても注文できへんやん」「いやあ、やっぱり気が引けるなあ」「だったら、頼まんかったらええやん」「けど、飲みたいし……」「だったら、早く注文しいや」「ねえねえ、代わりに注文してよ」「なんでやねん! 」

と、まあ、こんな感じである。会話が後半に進むにつれ、僕の口調はどんどん荒くなっていく。こういったチーの意味不明な言動は以前から日常茶飯事だったため、つまり僕の中でも慣れっこになっているため、いつのまにか言葉に気遣いがなくなっているのだ。

他にも、チーのノロマさに辟易した僕が「早く歩きいや! 」「早く食べえや! 」「早く帰り支度しいや! 」と毒づくことも多く、はたまたチーの声の小ささに対して「えっ、何言ってるか、全然聞こえへん! 」「声が小さい! もっと大きい声で喋りいや! 」と語気を強めることも当たり前のようにある。そう考えると、確かに傍からは僕がいつもチーを怒鳴っているように見えるかもしれない。チーの胸中が心配になるのもうなずける。

また、僕らは人前で互いのことをあまり褒め合わないという理由もあると思う。チーがどう考えているかは別として、少なくとも僕自身は人前で妻にやたらと優しい物言いをしたり、気遣いを見せたり、あからさまな褒め言葉を口にしたりすることに、何とも言えない恥ずかしさを感じてしまう。だから、つい人前では照れ隠しで冷たい態度をとってしまうのだが、もしやそれが他人からは「怖い夫」に見えるのかもしれない。

実際、最近僕が出会う同世代の夫婦を見ていると、みんな人前なのに互いに優しく、気遣いも行き渡っている。先日もそうだった。前述の馴染みの居酒屋でたまたま同席した若夫婦の様子に衝撃を受けた。とにかくご主人が奥様に優しい。その口調はどこまでも柔らかく、奥様への愛が周囲にも伝わるような振る舞い。決してバカップルのように人目もはばからずイチャイチャしているわけではないのだが、互いが互いを心の底から思いやっており、まさに笑顔の絶えない新鮮な仲良し夫婦に見えるわけだ。

これかあ。僕は自分との違いを思い知った。「人前で妻に優しくする」という行為に無性な気恥ずかしさを感じてしまう僕は、古いタイプの人間なのかもしれない。何事もわかりやすさを求める現代社会だけに、理想の夫婦像も2人の仲睦まじさが周囲に伝わってこそのものだ。一見殺伐としていて、実は仲が良い。これは時代遅れの価値観なのか。

とはいえ、他人から夫婦仲を心配されるのは、やはり本意ではない。チーに確認したわけではないが、そこは僕なりに大丈夫だと自信をもっている。確かに我が家は夫婦喧嘩も多く、喧嘩が激しくなれば物が飛び交ったり、トイレの壁が壊れたり、愛犬のポンポン丸が鳴き叫んだり、それなりにバイオレンスな事態に発展することもしばしば(暴力は絶対にありません。念のため)だが、心の中では互いに強くつながっている。たぶん。

それに、家の中ではチーの言葉の暴力もすごいのだ。チーは典型的な内弁慶タイプの性格をしており、外ではおとなしく謙虚にしているものの、いったん家に帰ると僕以上の毒舌女に変身する。夫婦喧嘩中に「黙れ、ハゲ! 」「消えろ、クソデブ! 」「うるさい、このブサイク! 」などと、容赦ない罵詈雑言を浴びせられたことは一度や二度ではない。「あんたみたいなクソ変人と結婚する女の顔が見てみたいわ! 」と怒り狂ったチーが、そのまま洗面所に駆け込み、そこの鏡を見た瞬間、「ここにいたー! 」と叫んだこともあった。

きっと僕らにとって、互いを罵り合うことも愛情表現のひとつなのだ。

<作者プロフィール>
山田隆道(やまだ たかみち) : 作家。1976年大阪府生まれ。早稲田大学卒業。おもな著作品に『雑草女に敵なし!』『Simple Heart』『阪神タイガース暗黒のダメ虎史』『彼女色の彼女』などがある。また、コメンテーターとして各種番組やイベントなどにも多数出演している。私生活では愛妻・チーと愛犬・ポンポン丸と暮らすマイペースで偏屈な亭主。チーが几帳面で神経質なコマガールのため、三日に一度のペースで怒られまくる日々。
山田隆道Official Blog
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