企業の経営層は、過去にどんな苦労を重ね、失敗を繰り返してきたのだろうか。また、過去の経験は、現在の仕事にどのように活かされているのだろう。そこで本シリーズでは、様々な企業の経営層に直接インタビューを敢行。経営の哲学や考え方についても迫っていく。
第28回は、「涙と旅カフェあかね」の代表取締役であり感涙療法士の吉田英史(よしだひでふみ)氏に話を聞いた。
「涙活」の効果に気づいた体験
早稲田大学で心理学、教育学を学び、同大学院で人材マネジメントを研究していた吉田氏。その後、高齢者福祉施設を経て、高校の教師となった。よく生徒の相談に乗っていたという吉田氏は、気づいたことがあった。
「相談時、喜怒哀楽を出す生徒には、大きく2パターンがありました。ひとつは相談中に怒り出す生徒、もう一方が相談中に泣き出す生徒です。怒り出す生徒はその後も相談に何度も来ますが、泣き出す生徒は相談にそれっきり来なくなりました。その経緯を経て、涙には人をスッキリさせる効果があるのではないかと仮説を立てました。」
その後、涙の効用について調べていくうちに涙にはストレス解消効果があることを知った。参考になった文献を執筆した東邦大学医学部名誉教授の有田秀穂氏とは、2014年、一緒に認定資格「感涙療法士」を創設することとなる。2013年、友人と「涙活」(るいかつ)という言葉を作り、各所で「涙活習慣」を広める活動を始めた。
涙活習慣を取り入れてもらう
主な事業内容は、涙活という手段を使って、人々の心の健康をサポートすることだ。セミナーやイベントを通じて「涙を流すことがなぜストレス解消になるのか」仕組みを知ってもらう。さらに、参加者にはストレスフリーな生活を送ってもらうべく、日々の生活に涙活習慣を取り入れてもらうことを目指している。
「ここでいう涙活とは、『意識的に泣いてストレス解消をしてもらう活動』と定義しています。涙を流すことによって、自律神経が緊張や興奮を促す交感神経から、脳がリラックスした状態である副交感神経が優位な状態へと、スイッチが切り替わります。」
参加者にその場で涙を流してもらい、流す前と後の感情や、身体の感覚の変化を知ってもらう。泣けない人には、なぜ泣けないのかを自己分析してもらって、セミナーの中で“泣きやすい”体質に変えていく。
「涙活を必要とする人がいる。」確信を持てた日
活動を始めたものの、はじめは信念が揺らぐこともあった。
「始めた当初は『みんなで集まって泣く会は気持ち悪い』と言われたものでした。私も良かれと思って始めたのにもかかわらず、周りの声を聞くにつれて、なんとなく奥底に沈めていた意識的に泣くことに対する違和感、つまり、涙は本来自然に出るものであって意識的に出すのはどうなのか、という考えに悩まされたことがありました。」と振り返る。
しかし、吉田氏を苦しめていた考えが、無くなるきっかけがあった。ある時「福島県いわき市で震災後の仮設住宅で暮らしている人たちが、ストレスをためているので泣かせてほしい」という依頼がきた。しかし、この活動を始めたてということもあり、その依頼を断った。それにもかかわらず、再度依頼があったという。
「それでも私は、仮設住宅に暮らしている人たちを泣かせたいという気持ちになれず、2回目の依頼も断りました。しかし3度目となる依頼が来たんです。」と吉田氏。
詳細を聞くと、依頼した本人も仮設住宅で暮らしていて、非常にストレスをためていた。「そこまで言ってもらえるのなら」と現地に赴き、仮設住宅になっている体育館で70名に向けて涙活セミナーを実施した。
終了後、参加者の感想は大きく2つに分かれた。ひとつは「泣いてスッキリしました。また涙活セミナーをここでやってほしい」というものと、一方は「あの日以来泣けません」というもの。「あの日」とは東日本大震災があった日のことだ。
「私は後者の感想を聞いて『その感想を恐れていたから、依頼を断っていたのかもしれない』と思いました。大震災のあの日に、ある意味、本物の涙を流している人たちを、映像等の作りもので意図的に泣かせることは失礼なのではないか、と感覚的に思っていたのです。」
それでも、その思いは現地を去るときには消えていた。その時、吉田氏は決心したという。
「少なくとも涙活セミナーの参加者に『泣いてスッキリしました。』と笑顔で感謝を述べてくれた人たちがいました。その笑顔を見て、涙活は大切な活動だと改めて確信しました。泣かせてほしいと依頼してくれる方がいるのなら、それに応えていく決心が付きました。」
非難があっても、伝えていく
「男は泣くな」「涙は女の武器」「泣くことは恥ずかしいこと」「泣かないことが美徳」など、「泣くことは良くない」という価値観のなかで、育った方も多いのではないだろうか。しかし現在では「泣くことは良いこと。つまり、医学的にストレス解消になることが分かってきている」と吉田氏。
「常識とされてきたことと真逆の考えを目の当たりにすると、人は嫌悪感を抱くこともあるかもしれません。それでも『泣いてもいいんだよ。』と私が率先して社会にメッセージを投げかけていくことに意義があると思っています。」
この10年間で、これまでに泣かせてきたのは、およそ5万人。
「むしろ現代人は、このストレス社会で泣く場所を探しているとさえ、思うようになりました。泣く時間を作ることの大切さを、これからも伝えていきたいです。」
涙活を広めるために「感涙療法士」を増やすことにも取り組んでいる。吉田氏と先述の有田秀穂氏が講師となり「感涙療法士認定講座」を開催してきたことで、資格保持者は、現在約280人にものぼる。さらに、資格保持者が各所で涙活イベントを実施する成果もあって「涙活」という言葉が日常的に使われるようになってきた。吉田氏によると、Yahoo!のリアルタイム検索で「涙活」を検索すれば、毎日20〜30人の方が「映画を観て涙活してスッキリした!」などとつぶやいているそうだ。
「涙活が、一般用語として定着しつつあることを実感しています。周りから非難されて弱気な気持ちで始めた仕事ですが、今は誇りを持てています。」
自信を持てたのは、もちろん涙活に賛意を表してくれる方たちがいるからこそ。しかしそれ以上に、非難の声にも耳を傾けてきたからこそだと、吉田氏は語る。
「非難する人たちに涙活の良さを伝えていくことで、私のメッセンジャーとしてのスキルが鍛えられました。反対の声が、自分を鍛えてくれましたね。」
反対意見は、信念を洗練させる機会
最後に、就活生・若手ビジネスパーソンに向けてメッセージをもらった。
吉田氏は「本物は続く。続けるから、本物になる。」という言葉を、就活生・若手ビジネスパーソンに向けて送る。浄土真宗の僧侶で教育者でもある東井義雄さんの言葉だ。
「『続けると本物になる』とは、途中であきらめずに続ければ、確かな力になって本物になっていくことを表しています。」と吉田氏は捉える。
「皆さんにも、常識にとらわれず、新しいことにチャレンジしてほしいですね。『自分はこれがよい!』と思ったことを徹底して追求してほしい。もし、それに反対する意見があれば、それは自分の信念を洗練させる絶好の機会です。反対意見にもしっかり耳を傾けて、自分の思うままに邁進してほしいですね。」
信念を磨き続けてきた吉田氏からの、メッセージだ。