企業の経営層は、過去にどんな苦労を重ね、失敗を繰り返してきたのだろうか。また、過去の経験は、現在の仕事にどのように活かされているのだろう。そこで本シリーズでは、様々な企業の経営層に直接インタビューを敢行。経営の哲学や考え方についても迫っていく。

第1回は、三重県伊勢の老舗食堂「ゑびや」・店舗経営ツールを提供する「EBILAB」の代表取締役社長 小田島春樹氏に話を聞いた。

  • 伊勢の老舗食堂を復活させた小田島春樹氏に「失敗談」「苦労話」を聞いた

    伊勢の老舗食堂を復活させた小田島春樹氏に「失敗談」「苦労話」を聞いた

経歴、現職に至った経緯

まずは経歴について。小田島氏は「10代の頃からインターネットを活用して、商売の真似事をしていました」と話し始める。あまり学校には行かなかった青年期。母親からは「このままなら夜の道しかない」と言われたこともあるという。そんなある日、たまたま友人の家でソフトバンクの孫正義氏を知る。すると、その憧れから東京に出ることを決意。「そのときに行ける大学に行き、大学時代は歌舞伎町で客引きのアルバイト。お金が貯まったら世界旅行をする、そんな自由な学生時代を過ごしました」と振り返る。

希望していたソフトバンクへの入社を果たすと、最初に配属されたのは人事部だった。折しもリーマンショックが起き、ネガティブな影響は日本企業にもおよんでいた。

「あのとき、私は派遣切りの仕事を担当することになったんです。今でもよく覚えています。その後、スタッフのうつ病ケアなどもやっていましたが、どの業務もあまり自分には向いていないと感じ、志願して営業に異動させてもらいました。そこでやっぱり自分には商いが向いているんだ、ということを再確認したかったんです」

サラリーマンをしつつも、一方で「会社を起業したい」という思いは募っていった。様々な検討を重ねていたが、あるとき転機が訪れる。

「伊勢で老舗食堂を営んでいた妻の実家が、事業転換を計画していたんです。それを手伝ったのが、いまの事業をスタートさせるきっかけになりました」

しかしその事業転換も、スムーズに進んだわけではなかった。当初は不動産業への転換を検討したがうまくいかず、そこで残された飲食店をより良い店に変えていこう、という取り組みへシフトした。小田島氏は「私自身は商いが大好き。どうしたらより良くなるか、模索しながら事業を考えていくのが好きな人間なんです」と自己分析する。

会社概要について

続いて、ゑびやおよびEBILABの会社概要、提供サービスについて聞いた。

「ゑびやは伊勢神宮の参道で150年ぐらい前から飲食業を営んでいると聞いています。時代の変化とともに様々な業態に事業をシフトしながら継続してきた、そんな企業です。現在は飲食店とお土産店、そしてテイクアウト事業などをメインに行っております」

ゑびやの事業を再建しながら、同時にEBILABを起業した。そこが小田島氏が起業家たる所以だ。

「実際に事業を再建するにあたり、様々なアクションを測定(データ分析)していきました。つまり自分たちで、自分たちのアクションを測定していった。この仕組みが、ほかの企業にも役立つという思いがあったからです。実際、EBILABにはサービス業に必要な来客予測、POSの分析、アンケート分析、画像解析を活用した人流分析など、データ分析のノウハウが蓄積できました」

現在、EBILABでは異なるハードやソフトウェアから集めたデータを一元管理する仕組みを構築、それを元に店舗運営の提案などを行っている。

失敗を繰り返した商品開発

過去の大きな失敗、苦労したエピソードについて聞くと「失敗については、たくさんありすぎて。何からお話しをしようか、正直迷うところもありますが」と苦笑いする小田島氏。

まず、売れると思っていたものが全く売れない、売れる商品を作っても外圧によって販売ができなくなる、ということを経験したという。また、新しい行動を起こそうと思っても様々な制約から、なかなか思い通りに投資できないことも。さらには、「世代が異なる経営層とは、事業に対する考え方が相違することがままあります。どこの企業でも経験する道を、私も通ってきました」と話す。

世代間に生じる方向性の違い、考え方の溝を埋めることは、たぶんこの先どの企業でも起こりうること、と小田島氏。当時を「自分で決めたことがうまくいかないことに歯がゆさを感じていた」と振り返る。

商品開発においても失敗を繰り返した。「自分が良いと思っても、市場にニーズがなく、そんな製品を作り、何度、投資に失敗したことか。どうしても自分の近視眼的な考えで商品サービスを作ってしまう、まさにプロダクトアウトの考え方(顧客のニーズより企業の理念を優先させる)で大きな失敗を繰り返してきました」と反省する。

上手くいった事業を話す機会の方が多いという小田島氏だが、「私が今までにチャレンジしてきたことを振り返ると、だいたい30%ぐらいで収益を生み出し、70%で失敗してきたと思います」という。

どんな局面で失敗したかについては「商品開発」「販売に際して周辺への配慮が不足」「世代が異なる経営者の理解」の3点を挙げた。

前述の通り、EBILABではデータ分析の仕組みを提供している。その事業を通じて、日本の企業に思うこともたくさんあると語る。

「会社経営の仕組みを変えて社内体制を再構築しなければ、いつまでたってもアクションできません。そんな企業が多いと思います。日本のサービス業は利益を上げることばかり考えるのではなく、まず会社が意思決定できるような仕組みを再検討すべきです」と分析する。

そして、以下のように続けた。「そういう観点では、EBILABでは4年前からサービスを提供していますが、少し時期が早かった。逆説的に捉えるなら、まだこの市場はこれから拡大していくと考えています」

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過去の失敗で学んだこととは

そこで、失敗から得た教訓について聞いた。過去の失敗は現在の仕事、ビジネスの考え方にどのような影響をおよぼしているのだろうか。

「商品開発では、どうやったらマーケットに受け入れられる商品が作れるか、つまりマーケットインの考え方で商品を作る必要があることを学びました。そのためには、データ収集がとても重要になる。常に消費者の思考、地理的な条件を考え、そこに自分たちが創っていきたいサービスを上手く合致させる。この考えにたどり着くまで、長い年月を要しました」

プライシングに関しても思慮が深まったという。「近隣の相場ではなく、自分たちで新たな価値を創造して価格に転嫁したい、そんなチャレンジにおいて、どれぐらい値上げすれば顧客の離反が生まれて、どれぐらいの値上げであれば許容されるか。このあたりもデータを収集しながら、常に模索してきました。自社で価格を決められない方々もたくさんいますが、日本の多くの企業が値上げできないなか、消費者が許容できる金額がどこまでか、そこを分析することで30%の成功であってもより収益性を高められたと評価しています」

販売に際しては、とにかく作り手の思いを理解することに尽きる、と言葉を添えた。

では世代の異なる経営者と対立したとき、どうすべきか。これについては「大事なことは、やはり対話を重ねて双方の理解を高めること。これ以外に方法はないのかも知れません。ただ実際、多くの企業では事業承継の場面で、依然としてこの相互理解にとてつもなく苦労している。そういう話も聞いていると、やはり自分自身の新しい取り組み、考え方においてまずはしっかり収益を作り、実績を残し、周辺や世論を味方に付けていくことが重要ではないかと感じています」と話す。

就活生・若手ビジネスパーソンにメッセージを

最後に、これからのビジネスを支えていく就活生・若手ビジネスパーソンに向けてメッセージをもらった。

「この先、失敗をしないで済むことはないと思います。数多くの失敗を繰り返して、自分自身のメンタリティーを鍛えていくこと。これは結構、重要なことだと思います。失敗を恐れない。乗り越えるべき失敗だと思ったら、どんどんやっていく。そうすれば、成功確率も高めていける」と小田島氏。

まずはバッターボックスに立つこと、誰よりも打席に立ってバットを振ることが大事だと繰り返して強調する。「挑戦をしなければ成功はしない、成功するためにはたくさんの失敗を積み重ねていく必要がある。今でも自分自身は成功しているなんて全く思いませんが、失敗の確率は相当減ってきたと思います。是非失敗を恐れず、小さなことでも行動を起こすこと。これを皆さんにお勧めしたいと思います」と、最後は穏やかな口調で締めくくった。