紀伊半島は昔から自然が豊かな、いや、豊かすぎるところでした。けっこうな度合いで「秘境」と言っても差し支えないでしょう。「果無(はてなし)山脈」なんていう恐ろしい名前の山脈もあるくらい山が深く、山がそのまま海に切れ落ちている所も多いので、その昔は海からでないとアクセスできない「陸の孤島」のような集落が数多くあったといいます。
ここに鉄道を引く計画が出た折、「猿でも乗せて走るのか」と非難されて……。という話を小学校の社会科の時間に習いました。そんな線区ですが、でも「紀勢本線」という立派な「本線」なんですね。なんとなく偉い感じがしますね。
和歌山市周辺の紀勢本線と阪和線、さらに和歌山線と、さまざまな思惑が複雑に絡み合い、運命のうねりに翻弄されるように、和歌山のターミナル駅は複雑な変遷をたどることになりました。それはそれは複雑怪奇な……、詳しいことはここでは省略するとして(こらこら!)、今回はかつての和歌山駅のなれの果てといえる紀和駅と、同じく数奇な運命を辿った紀伊中ノ島駅を訪ねてみました。
紀伊中ノ島駅、和歌山線ホーム跡が一部撤去される
まず阪和線の紀伊中ノ島駅に下車してみました。この駅はかつて、阪和線と和歌山線の乗換駅だったそうです。いまの和歌山線は紀伊中ノ島駅の手前のあたりでぐいっと曲がって和歌山駅へ向かっていますが、かつて阪和線の線路をくぐり、旧和歌山駅へ向かっていたとか。その後、もともとの和歌山駅が紀和駅に改称され、それまでの東和歌山駅が和歌山駅を"襲名"することになりました。紀伊中ノ島駅経由の和歌山線は後に廃止され、この駅は乗換駅ではなく、ただの阪和線の駅になってしまったのです。
ホームから階段を下りると、旧和歌山線ホームが残されていました。阪和線の線路とほぼ直角に交差しています。線路のないホームの上を横切るように、阪和線の列車が走っていきます。ただし、旧和歌山線ホームは現在工事が進んでいるようで、この景色ももう長くは見られないかもしれないですね。
駅前には旅館があって、のどかな雰囲気です。周囲は静かな住宅地で、ちょっと歩いてみましたが、旧和歌山線を思わせるものはとくに残っていない様子でした。かつて線路だったと思われるあたりも、きれいに区画整理されて住宅が建っています。おそらく線路の名残かな……という雰囲気の公園を見つけましたが、その先に線路跡をたどれるものもないようでした。
かつて和歌山駅だった紀和駅は小さな高架駅に
ちょっと南へ下って、紀勢本線の高架をたどって紀和駅へ向かいます。真新しい高架の線路が、広い敷地の真ん中をまっすぐに伸びています。きっと昔、ここには何本もの線路が並行して敷かれていたのでしょう。紀伊半島最大の都市・和歌山市の表玄関に続くメインストリートだったに違いありません。そして、その先に堂々と建っていたであろう和歌山駅。その名残こそが、いまの紀和駅なのです。
ほどなく見えてきた、高架上の小さな駅。それはもう、本当に小さな駅です。古い写真で見た、あの立派な和歌山駅が、いまはこれ。資料によると、1日の利用客は60~70人ほどだそうです。
駅前に建って、しみじみとこの駅がたどった栄枯盛衰を思っていると、ホームの上をとんびが1羽、舞っていました。前回たどった水軒駅をふと思い出しました。