山陽電気鉄道は神戸市内から姫路市内までを結ぶ私鉄です。比較的緑の多い郊外を走る区間が多く、車窓の楽しい電車です。とくに山陽須磨駅から先、JR山陽本線と並走しながら海辺を走る区間は、海に迫る山の緑や明石海峡大橋の眺めが楽しく、ちょっとした旅行気分に浸れます。今回はそんな山陽電気鉄道について書いてみたいと思います。

山陽電気鉄道5000系。阪神梅田行の直通特急

「世界の果て」のさらに向こう側から来る電車!?

阪神電車の沿線で育った筆者にとって、子供の頃、東は梅田、そして西は須磨浦公園が「世界の果て」でした。その頃、たまに「西九条特急」(西大阪特急)というのが走っていて、こいつの表示板がやたらにかっこよくて(当時そう見えた)、「もしかしたら世界の果ては西九条かもしれない」と思い直すこともあったのですが、西側はやっぱり須磨浦公園が不動の地位を築いていました。

そう、昔から阪神電車の特急において、西側の終着駅といえば須磨浦公園駅だったのです。電車に乗るたび、「次は特急、須磨浦公園行き」というアナウンスを聞き、また行先表示板の文字を見てきました。「須磨浦公園」。耳になじむ上品な響き。子供には読みにくい難しい漢字が5つも並んだ、華麗にして堂々たる駅名。そんな須磨浦公園に初めて行ったのは、小学校の遠足でした。

JR山陽本線と並走する区間も

阪神電車も乗り入れてくる

須磨浦公園駅まで阪神電車の特急が乗り入れているものの、実際にはこの駅は山陽電気鉄道の駅です。本当に生粋の阪神電気鉄道の駅は元町駅までで、そこから先は神戸高速線、さらにその先、西代駅より西側が山陽電気鉄道の駅となります。

一方、山陽電気鉄道の電車も、かつて阪神本線に乗り入れ、大石駅まで乗り入れていました。親や祖母に連れられて三宮や元町へ行くとき、大石駅から先に見慣れない電車がいて、「あれっ!?」と思った記憶があります。そう、それは「世界の果て」のさらに向こう側からやって来た、異世界の電車だったのです。

少年時代の筆者「いっぺんあれに乗ってみたい!」
「あかん! あんなん乗ったらえらいとこ行ってしまうで」

その言葉を聞いて、「あれはきっと、とてつもない"魔境"へ連れて行かれる怖い電車なのだ……」などと妄想を膨らませていたのでした。

阪神梅田~山陽姫路間「直通特急」速そうだけど…

そんな山陽電気鉄道の西の果ては姫路市内にあります。最も西側にある駅は、網干線の終点・山陽網干駅。本線の電車は網干線が分岐する飾磨駅で北へ向きを変え、終点の山陽姫路駅へ向かいます。その山陽姫路駅まで、阪神梅田駅から直通特急が走るようになったのは1998年からでした。

「直通特急」とは、いかにも速そうで、どこにも停まらなさそうな名前ですが、意外にあちこちの駅に停車します。以前、新開地から遊びにきた友人が、「直通ゆうのにあっちもこっちも止まって、えらい時間かかったわ!」と言っていたのが印象に残っています。実際、阪神梅田~山陽姫路間の所要時間は、最速で1時間33分だそうです。JRの新快速が大阪~姫路間を1時間程度で走ることを考えると、けっこう時間がかかってますね。

飾磨車庫。阪神の車両も見える

山陽電車の歴史は、長きにわたって国鉄・JRとの競合だったみたいです。いまも神戸・大阪方面へ通勤する乗客が、山陽電車とJRの駅が近いところでJRに乗り換えてしまう、ということも多いのだそうで。そら、あまりにも所要時間が違いますもんね……。

その後、阪神なんば線の開通によって、近鉄との相互直通運転も行われるようになりました。となると、山陽姫路駅から近鉄へ乗り入れる特急は走らないのか? と誰もが思いますよね。でもいまのところ、それは走ってません。ほんの数回だけ、近鉄奈良方面へ貸切列車が走ったのを除いては。

「走行距離が100kmを超えると、車内にトイレが必要になるから」なんて話も聞きますが、それも別に規則で決まってるわけでもなさそうです。まあ単に、「播磨地区から奈良方面へ行き来する需要があまりなさそうだから」ってところでしょうか?

いまの直通特急が走るようになるまで、阪神電車沿線の多くの住民にとって、「阪神の線路を走るのは阪神の車両」であって、それしか見たことがなかったと思います。直通特急が登場し、阪神本線へ乗り入れを果たした山陽電車は、いかにもアルミといった鈍いシルバーに赤い帯の車両で、「おおっ! 異文化の香りや」と思ったものです。後に近鉄の電車も走るようになり、最近では阪急電鉄のマルーンの電車まで見かけることも。

そのうちどこからか、「おけいはん」が乗り入れてこないかな? なんて思う今日この頃です。