超人手不足といわれる世とあって、転職によって30代後半でも大幅な給与アップなどの有利な待遇を手に入れられる世の中になった。また給与面だけではなく、プライベートな時間の確保やリモートワークといった柔軟な働き方など、いわゆるクオリティ・オブ・ライフある人生にシフトできたという転職成功例もよく聞かれる。今後の人生を変える手段として実に大きな役割を担う、転職。ここでは、よりよいビジネスライフを求めて転職を決断した人々のリアルな声を取材。変わりつつある『転職の今』を追う。

第1回のインタビュー対象者は、今年4月に転職し、ウェブメディアのディレクターとして働く佐々木健太さん(仮名)。

氏名:佐々木健太(仮名)/男性/37歳
職種:ウェブディレクター
勤務地:東京都・品川区
家族構成:妻と二人暮らし
年収:約750万円(転職前:約650万円)
転職回数:2回
(1社目:勤続3年/2社目:勤続8年/3社目:勤続半年~現在)

就職氷河期、苦労して広告代理店に入社したが

「夢は、……なかったです。昔から。それがずっとコンプレックスでした」

これまで多彩なメディアの第一線で走り続けてきた佐々木さんの経歴から考えると、この言葉は意外だった。聞けば、彼のワークスタイルは、『自分が主役として活躍するのではなく、周囲のセンスのある人たちの手助けをする』のがモットーだという。

しかし、大学卒業後に入社した広告代理店では、現在のようなワークスタイルではなく、先輩にも意見をぶつけるような少しばかり生意気な若者だった、と佐々木さんは振り返る。

「中高生の頃から広告業界やコピーライターの職に憧れていて、大学時代の就活では頑なに広告関連の企業にばかり応募していました。今考えると、『なんて効率の悪い就活をしたんだろう』と思いますし、案の定、内定をもらうまでかなり手こずった記憶があります。そうして、ようやく採用が決まったのは地元の広告代理店でした。ずっとやりたかった広告制作の仕事とあって、働き始めてからは思いばかりが先走って、誰に対しても自分の意見をぶつける厄介な若者だったと思います(笑)」

憧れの仕事に就くことができた佐々木さん。仕事自体のやりがいは感じていたものの、徹夜も当たり前の苛酷な労働環境とあって次第に疲弊していく。

「自分の仕事における基盤は、この広告代理店で学んだと言っても過言ではありません。ただ、紙や動画、ラジオなどあらゆる媒体の広告を請け負っていたこともあり、仕事が山積みで労働時間も長く、人間関係にも疲れ……あの時は本当に肉体的にも精神的にもボロボロの状態でしたね。今後の展望や将来の夢も、見失っていたように思えます」

そんなとき、大学時代の先輩から「うちの会社で一緒に働かないか?」と誘いを受けて広告代理店を退社し、上京。前職のウェブ制作会社に入社する。

『本当にやりたい仕事』を求めて

2社目では、前職の経験も生かせる大手ウェブ広告の制作業務を担当。数年間は非正規雇用ではあったものの、年収もアップ、福利厚生も申し分なく、また人間関係も良好。しっかりと仕事に打ち込める環境が整っていた。

「入社後は、広告の進行管理や制作、戦略などさまざまな分野を任されました。僕自身が『これをやりたい』という意思はなく、周囲から求められることを『とことんやり遂げる』ということに専念していました。『自分が主役ではなく、周囲の活躍をサポートする』という現在のワークスタイルは、この頃から形成されたのかもしれません」

年を重ねるごとに佐々木さんの働きぶりは周囲に認められ、出世して役職がつき、さまざまな部署に呼ばれて仕事をこなす忙しい日々。順風満帆なビジネスライフを送っていたものの、あるきっかけで『自分と仕事』を改めて見つめ直す必要性を感じたという。

「一時期、ビジネススクールに通っていたことがあったのですが、自己紹介の際にうまく自分の仕事について話すことができなかったんですよ。大手企業で周囲から求められるままにさまざまな業務こなしてきたこともあって肩書きはたくさんありますが、その分、ひと言で『自分の仕事は何か』ということが答えられなかったんです。これを機に、自分が本当にやりたい仕事は何だろう、と改めて向き合うようになりました」

佐々木さんは『もっと自分に合った仕事を見つけたい』と転職を決意。現在は転職サイトやエージェント、スカウトサービスなど、ウェブを活用したさまざまな転職方法がある。佐々木さんもそれらのサービスは利用したものの、自分の中で働きたい企業が1社に絞られていたため、その企業のホームページから求人募集に応募。在職中に書類選考や面談などを通過し、内定をもらったのだという。要した時間は3カ月程度と、スピード感のある転職だった。

転職先は、ウェブ制作のベンチャー企業。転職先にこの企業を選んだ理由について、佐々木さんはこう話す。

「もちろん広告があるからこそ媒体が潤いますが、逆に広告があることで媒体の表現力が限られるという面もあります。今まで周囲から求められることに尽力してきた自分だからこそ、今度は作り手たちの『やりたい』という動機を一番に込められるウェブの制作に携わってみたいと思ったんです」

そんな転職のビジョンに加え、多彩な業務に携わってきた経験から職務のポートフォリオが豊富だったことが、転職の決め手だったという。転職後、佐々木さんの生活はどのように変化したのだろうか?