今回も、どうすればイノベーションが磨かれるのか? という疑問について考えてみたいと思います。キーワードは「不」という言葉です。
不に注目する
不とは、不便・不安・不満・不足・不利・不快・不足・不当・不自由・不具合・不潔といった言葉で象徴される「お困りごと」です。仕事を「人々の不の解決・解消」とおいてみましょう。その場合、皆さんの目の前の人々の不を、「手触り感」をもってとらえることが必要です。
そのためには、お客様に入り込まないといけない。仮説をもって入り込み、観察し、プロトタイプを試してもらい、どんな経験をしたいかを問い続けるのです。
これはいったい誰の不か?
不の大きさは?
不の重さ・深さは?
不の発生する頻度は?
不の生じる背景は?
不の解消方法は?
このような不に対する洞察を繰り返し、その背景や構造を理解したうえで、経営資源を投下し、解決に向けて動くことが大切です。
不の手触り感を重視する
不を理解するために大切なのは、お客様とのコミュニケーションです。
「イノベーションを起こそう。事業を始めよう」としてリクルートを辞め、現地・現物・現場・現実に入り込み、世界の不をわしづかみしようとした若者がいます。スパニッシモ・ジャパンの有村拓朗氏です。
有村氏は、2011年に中南米諸国を旅する中で、グアテマラに注目。現地でスペイン語を習得するために、語学学校という「現場」に通います。そこで、グアテマラの語学教師をはじめとする人々の、想像以上に厳しい現実を知ることになるのです。
語学学校の主な生徒はグアテマラの観光客ですから、観光シーズンが終わると、学校の仕事がなくなってしまうのです。良質なサービスを提供しているのに、決して豊かではない日々……。
現場から不を把握する
そんなグアテマラの人たちをもっと裕福にするために、有村氏らは語学学校が置かれている状況を構造的な改革を試みます。その答えが、ツーリスト依存型のマーケティングからの脱却、というものでした。
そして立ち上げたのが、オンラインスペイン語学習サービス「スパニッシモ」です。これならば、顧客は世界にいます。観光客依存ビジネスから脱却することができたのです。
現地・現物・現場・現実を、手触り感をもって把握したからできたことです。いや、手触り感どころではなく、対象に入り込んで、手触りそのものを手にしたからできたことでした。
実体に入り込み、手触りで対話を繰り返さない限り、真の不は把握できません。不は探しにいかなければいけません。不は観察しなければ手に入りません。不は対話しないと腹落ちしません。現地・現物・現場・現実の中にしか、本当の不は存在しないのです。
クロージングで経営者を根負けさせる
「イノベーティブ」な働き方で大切なのは、成し得ようとしているイノベーションを上司や経営者に納得させることです。それは次へのステップの獲得という意味です。そのためには上司や経営者に迫らなければいけません。
「この先に、更に詳しい聞き取りをする必要があります。あと半年継続させてください」
「このプロトタイプをつくるのに500万円かかります。是非、僕に投資して下さい」
「このビジネスモデルの肝はA社との提携です。実際に交渉を進めさせてください」
「自分の現在のミッションの半分を、この計画に使わせてください」
皆さんが本気でクロージングすることが大切です。それがない限り、イノベーションは起こせません。気迫のこもったクロージングが、必要不可欠なのです。
そして、最後は根負けさせる。しつこさが、イノベーターに必要な最大の資質なのかもしれません。
諦めず、何度も何度も上司や経営者に提案する。手を変え、品を変え、トークを変え、新たな不を提示し、徹底的に口説く。そこまでやれば自ずと情念が育まれるでしょう。
そして、「もう、お前はしつこいな。わかったから、これだけはやらせてやるから、しばらく顔を見せるな」という言質を引き出せたら、イノベーションは成功したも同然です。
執念を超えた情念がイノベーションを生む
『ホンダ イノベーションの神髄』(日経BP)という本の著者である小林三郎氏は、世界で初めてエアバッグの実用化に成功した本田技研工業の元エンジニアです。
僕が「リクルートで新規事業を起こそうとしています」と小林氏に話したときに、こう質問されました。
「井上君のイノベーションの提案は、経営会議で何回却下された?」
「3回くらいでしょうか?」
「井上君、まだまだ甘いな。10回以上断られないとイノベーションではないよ。ちなみにエアバッグは11回目でようやく親父(本田宗一郎氏のこと)からOKが出たよ」
そう、根負けさせることが、イノベーターには必要なのです。それは極めて矛盾的ですが、こういう問いとして表せます。
「あなたのイノベーション提案は、経営者に何回却下されましたか?」
1、2回断られるのは当然と思ったほうがいい。そこで諦めるようではイノベーターとはいえません。イノベーティブな働き方ともいえません。
イノベーションは、イノベーターの想いに比例します。想いとは執念であり情念です。大義を実現させたい気持ちです。そして、多くのイノベーターは、執念を超えた情念をもっています。
令和の時代に昭和の匂いがするかもしれませんが、経営者を「道連れ」に心中するくらいのどろどろとした情念がイノベーターには必要なのです。
執筆者プロフィール : 井上功(いのうえ・こう)
リクルートマネジメントソリューションズ エグゼクティブコンサルタント
1986年リクルート入社、企業の採用支援、組織活性化業務に従事。2001年、HCソリューショングループの立ち上げを実施。以来11年間、リクルートで人と組織の領域のコンサルティングに携わる。2012年より現職。イノベーション支援領域では、イノベーション人材の可視化、人材開発、組織開発、経営指標づくり、組織文化の可視化等に取り組む。