「動物もので行きましょう」
電話の向こうの担当C氏は上機嫌だ。前回の猫喫茶の記事が、猫好きのC氏にとってツボだったらしい。しかし「動物もの」というくくり方、あまりにも漠然としすぎやしないか……。電話口で考え込んでいると、しばらく前にニュースになった、ある場所が頭にひらめいた。
「……だったらひとつ、取材してみたい場所があるんですけど」
数日後、八王子。東京でもこの辺まで来るとかなり緑が濃い。駅から乗ったバスは、ゴルフ場の前をいくつか通過してどんどん山のほうへと向かう。そこに今回の取材先があるのだ。動物園やペットショップに取材しても、もちろんよかったのだが、私はどうせならもっと直球の形で動物に迫ってみたかった。
というわけで今回は「ムツゴロウ動物王国」にお邪魔する。
ムツゴロウ動物王国は北海道から移転する形で、2004年に東京サマーランドの飛び地にオープン。2006年には運営会社の倒産で閉園もささやかれたが、ムツゴロウさんこと畑正憲氏のプロダクションが経営を引き継いで、現在も運営を続けている。取材日は平日ということで静かな趣だったが、ちょうど運動会の振替休日にあたるということで、小学生とお母さんの組み合わせの姿などがあちこちに見られた。
窓口で担当の方を呼んでもらい、待つことしばし。現れたのは背広姿の広報さん……とは180度違う、スタッフの山本さんと山本さんの犬たちだった。
今回対応していただいた山本さんは、動物王国が北海道にあった時代から動物たちを飼育してきたベテラン。飾らない感じなどは、やはりムツゴロウさんに似た雰囲気がある。王国では現在、犬約140匹、猫約40匹、馬約20頭、そして人間約30人が暮らしているらしい。犬・猫・馬とおなじみの動物ばかりだが、それには理由があるのだとか。
「僕は熊の面倒も見ましたし、北海道の王国にはいろんな動物がいます。でも野生に住んでいる動物の目は、やっぱりずっと大自然を見てるんです。そういうやつを無理やり連れてくるわけにはいかない。だから、ここでは人間との生活の歴史が長い動物だけを飼っています。動物園だと思って来るお客さんは、その点びっくりするかもしれないですね」
それにしても犬たちが人なつっこい! リードでつながれていないので、犬たちは園内を自由に駆け回っている。でも怖い感じはまったくしない。きちんとしつけている――というか、そもそもここの犬たちは人間を敵視したり、怖がる環境で育っていないので、人に危害を加えるようなことはまずないのだという。
王国内を散策しつつ、山本さんが普段犬たちと暮らしている石川百友坊へと向かう。そこはまさに「動物王国」だった!
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それでは最も動物たちが集まっているという石川百友房へ行ってみます。柵がちょっとものものしいですが、実際はのんびりした雰囲気 |
山本家、団らんの図。犬は群れ、つまりチームで行動するので、山本さんのまわりには常に家族の犬たちが集まっている |
……こりゃすごい。普通の動物園にもモルモットやウサギたちと遊べる「ふれあい広場」なんてよくあったりするが、動物王国では園内すべてがふれあい広場なのだ。ふれあいし放題――というか犬によっては向こうから近づいてきて、ペロペロ舐めてくれたりする。まわりの子供たちも大はしゃぎだ。
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食事時になるとこんな感じ。メガホンを手にレクチャーしてくれるのは、王国を最初期から支え続けた重鎮の石川さん |
エサなんか持ってなくてもこの状態。お前らそんなに俺の足が好きか!? 汚れてもいいように、王国にはジーンズとスニーカーで行くことを絶対おすすめします |
リードをつけていない動物たちとこれだけ遊べる施設は珍しいだろう。あれ? でもよく考えればもともとこれが自然なのか? 園内にいるとだんだんそんな不思議な感覚に陥ってくる。たぶんカルチャーショックとはこういう感覚を言うんじゃないだろうか。
人間の生活空間で犬にリードが必要なのはもっともだし、前回お邪魔した猫喫茶のようなサービスやペットビジネスを否定するつもりもまったくない。それはそうなのだが、ここでの人と動物の暮らし方を見ていると、自分が動物に対して、無意識のうちに先入観や偏見を抱いていたことが、逆にはっきりわかってくる。
ここの動物たちはみんな幸せそうだ。動物が幸せかどうかなんて、人間の勝手な思い込みでしかない。それはわかっているが、それでもここのヤツらは幸せそうに見えてならない。
そして今回の取材でまずわかったことがある。ムツゴロウ動物王国はムツゴロウさんに会うための施設などではない。おそらくここは、訪れた人がムツゴロウさんに「なる」ための施設なのだ。
(次回に続く)