人を育て活かす「上司力」提唱の第一人者である前川孝雄氏が、「人を大切に育て活かす」企業の取り組みに着目。本連載では、その最前線を紹介します。


ローランズは、2013年創業のソーシャルベンチャー企業。「排除なく、誰もが花咲く社会」の実現をビジョンに掲げ、フラワーギフトの制作販売をはじめとした多彩な事業を展開している。従業員60名中45名(75%)が障がい当事者で、提供する商品・サービスの質は高水準かつエコロジカル。従業員一人ひとりの「その人らしい働きがい」を育むダイバーシティ経営で、ソーシャルビジネスに取り組んでいます。代表取締役の福寿満希氏に、起業に至る経緯を伺いました。

  • ローランズ代表取締役/フローリストの福寿満希氏

特別支援学校での出会いが原点

——大学では特別支援学校の教員免許取得を目指していたそうですね。

私はテニスのスポーツ推薦で大学に進学したのですが、入学すると周りはオリンピックを目指すようなすごい人たちばかり。選手でやっていくのは到底無理だと思い知らされ、自信を失ったんです。そこで何でも勉強しようと大学では多くの単位を取りました。教員と特別支援教育の免許取得もその中の一つで、それまでは障がい当事者に直接関わる機会もありませんでした。

特別支援学校での実習は2週間です。ところがそれが1年分くらいに感じるほど心に残る濃い時間でした。担当の子どもたちとは1週目ですっかり馴染み、実習期間が終わる頃には離れがたいほどでした。なかには、余命が限られた子もいました。

自分のできることは時間をかけて一生懸命行い、できないことは素直に頼み、丁寧に「ありがとう」を伝えてくれる。足ることを知った上で、些細なことにとても喜んでいる姿に、「小さな幸せを見つける天才だ」と思いました。それに比べ、私のほうは自分ができないことばかりに目が行き悩んでいる。子どもたちから教えられて、人生観が大きく変わりました。

特別支援学校での支援体制は自分が想像していたより手厚かったのですが、卒業した子どもたちの就職率は15%程度と低く、卒業後の社会参加に課題があることも知りました。この頃から将来は障がいと向き合う方のために何かできればと感じていました。

大学卒業後はスポーツマネジメントの企業に就職し、プロ野球選手のマネジメント部署に配属され、そこで選手の社会貢献活動の企画運営を担当しました。具体的には、東日本大震災の被災地の子どもたちのために選手が野球教室を開いたり、食の大切さを伝えるために一緒に畑で野菜を育てたりという活動です。動物保護団体を支援する活動もありました。

ボランティアではなく、仕事で社会課題を解決する活動に携わるのは新鮮でもあり、意義も感じました。これがのちにソーシャルビジネスを知るきっかけです。社会貢献を継続するには、お金が回る仕組みが欠かせないことも知りました。

その後、他部署に異動辞令が出たタイミングで退職と起業へと踏み切りました。両親が地元で町の車屋さんを営んでいたので、私も心のどこかで、いつかは自分で事業経営ができたらとの思いもありました。

お花で社会課題にアプローチ、さらに障がい当事者の雇用へ

——起業に際し、お花に着目したのはなぜですか?

通勤途中に花屋さんがあって、仕事で悩んでいる時に立ち寄ると、とても癒やされました。お花が人のメンタルを明るく前向きにしてくれる効果を実感したのです。お花を少しでも多くの人に届け幸せにすることで、人の心の問題を解決することができ、増えていく精神障害の数を減らすことに貢献できるのではないか。これがソーシャルビジネスになるのでは、と考えました。今思うととても浅はかなのですが(笑)。

お花の技術を身に着けようと、お花の勉強を始めました。次第に作品を受注をいただけるようになり、少しずつ収入も得られるようになりました。何より、作品を渡した時のお客様の喜んでいただける反応を間近に見て、とてもやりがいを感じました。お花屋さんで修業をして、自宅の一角を使って一人で開業したのが2013年です。

——自宅で一人開業して、そこから障がい当事者雇用に至るまでの道のりはどのようなものでしたか。

ご紹介がつながり、お花の注文は次第に増えました。起業2年目で、近くにアトリエを借り、アルバイトを数人雇える規模に。

そこから花屋だからこそできる社会課題へのアプローチは何か考え、残ったお花を廃棄せず再生紙にリサイクルし、名刺や葉書やスケッチブックを作り販売する事業を始めました。花の再生紙を販売して資金を得て、また新たな花を再資源化するという、環境にも優しい循環型の仕事ができ、一つの自信になりました。

もっと何かできることはないかと考えているところに、障がい福祉団体からフラワーアレンジメントのレッスンの依頼が入ったのです。

レッスンには、大人の障がい当事者30人ほどに参加していただきました。中には企業の管理職だった方もいて、一度精神疾患を患って休職したところ戻るポストがなくなり、失職したとのこと。一度障がい当事者になると、その後の就職が困難になる例は多いのです。特別支援学校の子どもたちと同じ課題に、後発の障がいや病気と向き合う大人が直面している実態を知りました。

そこで、自分たちが"お花屋さん"と"就労困難な状態にある人たち"を結びつけ、心を整えながら働ける場所を提供できないかと考えたのです。

ちょうどその元管理職の方は、普段は寡黙ですが、レッスンでお花に触れると表情がとても明るくなり、作業にも熱心でした。お花は、それを受け取った人の心だけでなく、仕事でお花に触れる人の心も整える効果があるのだと感じました。さっそくその方を実習で受け入れて、障がい当事者雇用の第一号として就職いただきました。起業から3年目のことです。

数年で従業員60名を雇用、5拠点を展開

——それが設立3年目の2016年。その後数年で、従業員60名のうち障がいや難病と向き合う45名を雇用、都内の2店舗を含め合計5拠点を展開するまでに成長されました。法定雇用率の2.3%達成に苦労している大多数の企業から見ると、まさに奇跡の経営ですね。

企業として障がい当事者雇用を大きく増やすことは難しかったので、一般社団法人ローランズプラスを設立して、就労継続支援A型事業所の認可を受けました。一般就労が難しい障がいや病気と向き合う人が、雇用契約を結び、一定の支援を受けながら働ける、障害者総合支援法に基づく福祉サービスの一つで、最低賃金以上の保障や社会保険の加入も伴います。

花屋で働きたい人はとても多く、希望者が殺到しました。その状況を知った日本財団さんが都心型の店舗を共同プロジェクトで立ち上げる機会をくださり、2017年に移転して原宿店をオープンできました。障がい当事者雇用の店舗はなかなか貸し手がなく困っていたので、本当に助かりました。今度はメディアに多く取り上げていただき、それを見て"働きたい"という人が増えてと、好循環になりました。

ローランズが組織としての形を整えるうえでは、2019年度に、ソーシャルベンチャーの経営支援を行う団体の外部パートナーから経営の伴走支援を受けたのが大きなきっかけでした。財務管理や経営計画を検討する仕組みや、あるようでなかった管理部の設置など、もっと多くの雇用を生むために必要な組織作りの準備がスタートしました。