人を育て活かす「上司力」提唱の第一人者である前川孝雄氏が、「人を大切に育て活かす」企業の取り組みに着目。本連載では、その最前線を紹介します。


前編に続いて、ニューホライズンコレクティブ合同会社 共同代表の山口裕二氏と野澤友宏氏から、組織立ち上げの経緯やこれまでの成果、課題についてお話を伺います。

  • ニューホライズンコレクティブ合同会社 共同代表の山口裕二氏(中央)、野澤友宏氏(右)、インタビュアーの前川孝雄氏(左)

運営調整役を申し出た「クルー」が仕事とメンバーをマッチング

前川孝雄: NHのメンバーは個人事業主や法人代表としてNHと業務委託契約を締結しており、上司と部下のような指示命令関係にはないわけですね。そのなかで、プロフェッショナルな業務委託メンバーの活躍を支援する「ライフシフトプラットフォーム」の運営・マネジメントは、どう組織化・仕組み化されているのでしょうか。

山口裕二氏(以下敬称略): 「ビジネス・ユニット」には、リーダーであるマネジャーがいて、その下で運営調整役に携わりたいと希望したメンバー十数人を募り「クルー」を構成し、依頼されてくる仕事の裁きを担っています。クルーは、それぞれ実際に仕事を受託するメンバーとの契約事務や顧客とのやり取りを行っています。仰るとおり、そこには指示命令関係はないので、みな話し合いで決めています。

前川: では、仕事のギャラの設定はどのように行っているのですか。一番気になるところだと思うのですが。

山口: クルーが依頼の入った仕事とギャラの総額をメンバーに提示して、その条件で仕事を担いたいというメンバーとの合意の上で受託します。

野澤友宏氏(以下敬称略): 元スター的なメンバーで、かつての電通時代ならかなりの高額で受注していた人でも、組織の縛りが外れたことで、驚くような安いギャラで受注するケースもあります。「郷里の地元貢献の仕事だから、これだけは絶対やりたい」といった例があります。

スキル向上に努めながら市場価値を高め、自立をめざす

前川: NHはメンバーに対して、業務委託契約期間の10年間で減っていくとはいえ、一定の報酬を保障する仕組みですね。報酬原資の確保を含め、NHの経営はどう成り立たせていますか?

山口: メンバーへの最低限の報酬の原資は、電通が担保しています。しかし、それに頼り切るのではなく、NHが受け付けた仕事を受託しインセンティブ報酬を受ける部分や、メンバー自身が仕事を開拓して徐々に直接受注を増やすことで、自立への努力を続けていくことが前提です。

  • ニューホライズンコレクティブ合同会社 共同代表の山口裕二氏、野澤友宏氏

前川: 今までのサラリーマンから独立したメンバーの仕事の値付けが課題だと思うのですが、メンバーの価格交渉力や相場観はどうでしょうか。

野澤: そこは一人ひとり、本当に様々ですね。

山口: 要は、その仕事の条件で「やりたい」か「やりたくない」か、「あまりやりたくないが、報酬がいいので受ける」「報酬はいいが、自分としてはやらない」など、完全にマーケットとの交渉です。ただ、昨年一年間はメンバーも初めてなので、実績を積むためかなり安価でも受ける例もありました。

しかし、あるメンバーの例では、企業経営のアドバイスをする仕事で、当初は本当に個人で受注できるのか不安だったのが、気が付けば引っ張り凧で、かなりいい報酬で受注できるようになりました。少しずつ本人が学習し、「もう少しこうすればよかった」「次はこう工夫しよう」とスキルを上げながら、徐々に市場価値を上げた結果です。

前川: 相場形成も、メンバー各自が様々な仕事のオファーを受けながら、徐々に自らつくっていくのですね。

野澤: その点はNHの課題というより、メンバー一人ひとりの課題ではないかと思います。いかに自分のスキルと価値を磨き、報酬単価を上げていくのか、自分自身の努力にかかる部分ですね。

  • インタビュアーの前川孝雄氏

仕事の分担も報酬配分も、メンバーの話し合いで決める

前川: 依頼のあった仕事をメンバーでチームを作り手掛ける際に、リーダー決めやチーム作り、報酬の分配はどうされていますか?

山口: ある仕事を複数メンバーがチームとして受けた場合、その中から一人のプロジェクトマネジャーを立ててもらい、その人に責任をもって進めてもらいます。仕事上の役割分担もチームで話し合って決めてもらいます。NH が一つの仕事を外部から受け付け、メンバーやチームに委託する場合のフィーの割合は決まっています。それをチーム内でどう按分するかも、話し合いで決めてもらいます。仕事の比重の重い人に多めに配分するのか、皆で均等に仕事とフィーを分け合うのかなど、自由に決めてもらうのです。

前川: それは、話し合いでうまく決まるものですか。

野澤: はい。今まで、もめたり喧嘩になるケースはないですね。もしも仮に、同じ報酬を分け合ったのに、サボるような人がいたら、もう二度とその人と一緒に仕事はしないでしょう(笑)。お互いにそうした事態は避け、信頼し合えるように調整しているのだと思います。思った以上にもめ事もなく、うまくいっています。むしろ、「この程度のことは、こっちで引き受けるよ」などと、お互いに助け合いながら、チームとして生産性を上げているように見えますね。

前川: それは素晴らしいですね。

活躍できる人とできない人の違いは「行動力」にあり

前川: 現在の226人のメンバーのうちで、順調に仕事やキャリアを開拓し活躍できる人と、そうでなくモヤモヤしている人など、濃淡はありますか? あるとすれば、違いの原因は何でしょうか。

山口: 当初思ったほど、ずっとモヤモヤし続けている人は少なく、現時点でせいぜい10人程度だと思います。活躍し始めた人たちのなかにも差があるのですが、よりうまくいっている人は、能力の高低以前に行動力のある人だと感じます。ある女性メンバーは、いろいろなところに顔を出し、ネットワークを広げるなかで、自分が今まで身に着けてきたスキルを進化させつつ、どんどん仕事にして、とても忙しそうです。パチンコ台のチューリップではないですが(笑)、大企業にいた時の感覚のまま待っていて自然と球が入ってくるわけではありません。いくら優秀でも自分から球を拾いに行かないと、仕事はこない。その意味では、行動力が一番大事です。

野澤: また、モヤモヤしている人も、けっして一人で内にこもっているわけではありません。自由な時間を使って「自分は何ができるのだろう」「何が本当にやりたいのだろう」と、いろいろな人と会っては話をして、むしろモヤモヤを楽しんでいるような人もいます。こうして人と関係することを通して、だんだんとモヤモヤは晴れてくるものです。いろいろなことを試してみて、そのなかから「やっと自分がやりたいことがわかった」と気づきを得ていく人を何人も見てきました。ですから、けっしてモヤモヤすることは無駄ではないのです。

前川: チャンスを掴むには行動力が大事というお話と、悩みながらも行動していろいろな人と出会いながら自分が見えてくるというのは、本当にそのとおりだと思います。キャリアチェンジに向けてはモヤモヤ期間も大切なわけですね。私も著書や講演のなかで、ミドルの学びは単なるインプット学習だけで終わらせず、アウトプット学習も大切だと述べているのですが、組織の中にいるままでは、それが難しい局面もある。それがNHというチャレンジの場があることで、とてもうまく機能していることがよくわかりました。

誰でも自分を「たな卸し」すれば、できることは見えてくる

前川: クリエイティブや営業など専門性のある職種の多い電通であれば、個人事業主として独立を視野に入れられるミドル社員も多くいるのでは、との見方もありそうです。専門性を自覚できずにいるミドル社員を多く抱える他の大企業でも、ライフシフトプラットフォームによる個人事業主化支援は可能と思われますか。

野澤: 絶対にできると思います。

前川: それはなぜですか。

山口: 電通のクリエイターといっても、専門性のとても高い人もいれば、そうでない人もいます。また、営業職やコーポレートスタッフは、どの企業にもある職種です。それらの普通の人たちが、実際に活躍できているのです。

大事なことは、会社で20年なり培ってきた経験をしっかりたな卸しすることです。そして自分は何ができるのか自分自身でも考え、また他人の意見も聴き、明らかにしていくことです。

「アカデミー」で講師になるための取り組みでは、自分が人に教えるためのプログラムをつくります。そのためには、自分の仕事を可視化し、その価値とスキルをわかりやすく伝えるために整理することが必要です。自分の仕事を丁寧にたな卸しすると、自分にやれることが多くあることに気づくのです。20年間仕事を続けてきた人に何もないわけがない。今までの会社で当たり前のようにやってきた仕事や人脈などで、他社や中小企業の経営や仕事に役立つことは実はとても多いのです。

前川: 私も全く同感です。実はその答えを期待していました(笑)。そのことに気づけずに、自信をなくしているミドルが多いのが実状なので、勇気の湧いてくるお話ですね。

より多彩な出会いとスキルの掛け合わせが、イノベーションを生み出す

野澤: 現在のNHは、電通のみのOBの集まりですが、それでも異なる部署や職種のメンバー同士が仕事のたな卸しをし合えば、今まで見えていなかった自分のスキルや価値に気づきます。光のあて方しだいで、これまで見えなかった新しい自分が浮かび上がってくるのです。

ですから、今後他社から独立を目指す多様なメンバーと一緒にチームを組めば、さらに発見の可能性が広がるはすです。一人ひとりが持っている暗黙知は実はとても豊富なはずです。それが他社の目でみると「それ普通じゃないよ」「凄いじゃないか」と認識されて、新しい才能として発掘され、活かされるのです。

山口: 例えば地方銀行の支店長やベテラン行員なら、その地域の中小企業のことをすごくよく知っています。そうしたOB人材と、電通OBのマーケティング・ソリューション担当者が組めば、凄い力が発揮できるかもしれない。チームの組み方で、可能性は無限にあるのです。一人で課題に取り組まなくても、新たな仲間と一緒に組んで解決していけばいいという発想も大事だと思いますね。

野澤: この1月にNHで新たに発足したユニット「売れる仕組み創造室」では、プロのよろず相談としてビジネスの困りごとに応じた人材を集めてチームを組み、解決を支援します。例えば、高級フルーツでとても美味しいのに日持ちがしない「お悩み商品」がある。一方で、凄く優れた冷凍技術者がいる。両者が一緒になったことで「それを凍らせてしまえばいい!」とウィン・ウィンで解決できたわけです。

前川: 出会いよるスキルの掛け合わせで、イノベーションが起こせたわけですね。

野澤: そうなんですよ。人と人、スキルとスキル、仕組みと仕組みをつないでいくことが価値を生む時代ですので、このプラットフォームがその機能を果せるはずです。

ライフシフトにチャレンジする仕組みと実践を創り出す

前川: もはや企業による終身雇用は崩れ始めており、企業が社員をただただ囲い込んでおく時代は終わりつつあります。優秀な若い世代は、既にそのことに気づいており、自分が成長できキャリア自律を果たせる仕事と職場を選ぶ傾向も出てきています。NHの立ち上げの検討も、「会社員という働き方の限界」という問題意識から始められたとも伺いましたが、これからの会社、働き方はどう変わっていくべきか、また変えていきたいか。大きな質問ですが、いかがですか?

山口: 高年齢者の雇用を延長する施策もいいですが、ではいったい何をして働いてもらうのかという解がないわけです。国がこの課題を各企業に押し付けてもやりきれず、かといって国が一律に決めてやるのも難しいでしょう。また、当の中高年者世代にも、自分たちの人生後半のキャリアをきちんと考えてこなかった責任がないとはいえない。このままでは、若者世代からは「重荷でしかない中高年者は出ていけ」となってしまい、それはとても残念です。

ですからミドル・シニアが自らライフシフトするためのチャレンジと安心のバランスの取れた滑走路になる仕組みを、本人と企業、また国もサポートする形で、何等か創っていく必要があります。私たちの取り組みは、その一つの実験だと考えています。

ミドルの新しいコミュニティが社会に価値貢献

野澤: NHで1年間やってみて、あらためてコミュニティの大切さを感じます。自分は一つの大切なコミュニティに所属できているという安心感が、働く上で大事な基礎だと思うのですが、いまや会社のコミュニティ機能は不全に陥っています。

また、コミュニティでは助け合いが大事ですが、それはまず自分が持っているものを差し出すことが始まりです。しかし、今の会社では「自分はできるだけ差し出さずに、できるだけ貰おう」となりがちです。ミドル人材の問題もそこにあって、「一番働かないのに、一番多く貰っている世代」になってしまっている。ただ、ミドル側からすると、「自分も本当は差し出したいのだけれど、誰も受け取ってくれない」という不健全な状態ともいえます。

そこで、ミドルが会社から出て独立して、個人事業主同士だからこそ一緒に新しいコミュニティをつくりやすくなる。そんな小さなコミュニティがたくさんでき、その中でミドルが助け合いながら自分たちの持っている価値を提供して社会に貢献できるなら、いいですよね。もしかすると、明治時代や大正時代にはこうした小さなコミュニティがあちこちにたくさんあったのではないでしょうか。「三方よし」など、もともと日本人がとても大切にしていた商いの精神が、再度見直されているように思います。

前川: 本当にそうですね。今は日本の働く人の8割から9割が雇用労働者ですが、戦後すぐには多くが自営業と家族従事者だったわけです。そして、顔の見える商売というのは、まさにまず自分ができることを差し出して、お客様へのお役立ちをして、「ありがとう」の対価としてお代を頂くというものですね。仰るように、いまはそこへの揺り戻しと、その価値の再認識が進んでいるのかもしれません。

私は、大企業ミドルの独立は若者の起業とは基本的に異なると考えています。若手起業家のスタートアップは、いわばゼロから1を創りだすものです。これに対しミドルはそれまで培ってきた知識やスキルを活かし、お役に立つ相手を見つけて提供し、貢献していくものですから。

野澤: 若者の起業は新しいアイディアや仕組みで勝負ですが、我々ミドルの場合、結局は「人」に磨きをかけるしかないのではと思います。コミュニティのなかで信頼を得てうまくやっていくには、とにかく「いい人」であることが第一です。「いい人」って、すごく大事な職能だと思うんですよ。

前川: 全く同感です。ミドル・シニアで独立して活躍している人を見ると、結局は先ほどのお話にもあった行動力と、もう一つは正直であることが大事ですね。「この人なら信頼できるので、一緒になら仕事をしたい」と思える人であることが、何より大事です。

NHという先駆的で壮大な実験から見えてきた、個人にとっても会社にとっても様々な可能性と希望を伺うことができました。ぜひ多くの企業と連携したミドルの「ライフシフトプラットフォーム」として大きく育てあげてください。本日は、どうもありがとうございました。