どれだけ月日が経とうと記憶から消えることのない東日本大震災、まだまだ復興支援が必要な熊本地震、そして今年猛威をふるった西日本豪雨。『災害大国』と呼ばれる日本では、毎年のように自然災害が起こり、それと同時に多くの人々が助けを必要としている。

ニュースで被災地の惨状を目の当たりにし、「自分も何か力になれないか」と考える人は多いだろう。しかし、忙しい日々に追われ、自分の生活で精いっぱい……と一歩を踏み出せずにいる人もまた多いはず。

  • 復興イベントを開催する、足達さんの想い

    「ツール・ド・東北」の大会事務局長の足達伊智郎さん

この連載では、東日本大震災の被災地をはじめ、さまざまな形で社会奉仕に繋がる活動を行う人々を取材。彼らの想いを通じて『人のために働く』ことの意味に迫っていきたい。第一回は、9月15・16日に開催された復興イベント「ツール・ド・東北」の大会事務局長を務めるヤフーの足達伊智郎さん。

イベント開催の目的は『震災を風化させない』こと

「4,000人もの参加ライダーたち、イベントに賛同してくれる多くの著名人や企業、そして運営に協力してくださる地元の方々。第1、2回の開催当時は、こんなに大勢の方々が集まってくださるなんて、思いもしませんでした」

今年6回目の開催を迎えた東日本大震災の復興イベントである「ツール・ド・東北」の事務局長・足達さんは、第1回の開催からイベントを振り返り、そう話す。

  • 会場の様子。参加ライダーたちが一斉にスタート

「イベントの発端は、当時の社長であり、現会長・宮坂の『ヤフーのミッションは、課題解決エンジン。日本最大の課題は震災の復興にある』という想いから、東北に拠点を構える河北新報社さんと一緒に『何か復興につがなることができないか』ということから企画が始まりました。復興には途方もない時間がかかる、それゆえ最も危惧されるのは『風化』。また、広大な被災地を自分の足で巡り、そして自分の目で見る――そんな体験こそが大切だと考え、そうして導き出されたのが『自転車イベント』でした」

しかし、ヤフーではこれまでイベント運営の経験が少なかったこともあり、運営スタッフたちにとって第1回の開催は困難を極めたという。

「第1回は11月の開催だったのですが、同年4月に現地視察に行ったとき、雪が降っていたんですよ。現地の方に『11月も同じ気温ですよ』と言われて、愕然としました。こんな寒い中、自転車に乗ってくれるのかって(笑)。でも、社員をはじめ運営スタッフの情熱でなんとか開催することができました。イベントが無事に終わったときは、感動と達成感のあまり思わず涙したのを覚えています」

第1~3回までは企業から協賛金を募る役割を担っていた足達さんは、第4回の開催より大会事務局長に就任。それと同時に、これまでとは違い『イベントを継続させていく』という新たな課題に直面する。

「私が事務局長になって意識したのは、まず第一に『安全面』。大会規模が大きくなり、それと同時に参加者の人数も増えましたので、いかに安全にイベントを遂行できるかということは今なお最優先に考えています。そしてもうひとつが『進化』です。第1、2回はまだ震災から月日が浅いことからコース上に残る傷跡も生々しかったのですが、回数を重ねるごとに整備が進み、次第に復興への想いも薄れつつありました。逆に参加者や地元の方々のイベントへの期待値は上がっていきます。復興への想いを伝えつつ、参加者にはより一層イベントを楽しんでもらいたい。そのためには毎年同じことをするのではなく、コースを増やしたり、企業とコラボしたり、著名人の方々に参加してもらったり、そのような『進化』が必要なのです」

参加者を通じて全国へ『被災地の今』を発信

これだけの規模のイベントを毎年実施するためには途方のない労力を要するに違いない。そうまでして、イベント開催に尽力する理由とは何なのか。

「我々ヤフーがイベントに関わる意義は『発信』だと考えています。イベントに参加してくださる4,000人のライダーはもちろんですが、イベントに参加していない全国の方々にも東北を、震災を思い出してほしい。そのためにはイベントを続けること、そして発信していくことが大切だと思っています」

  • のどかな自然の中を颯爽と走るライダーたち

イベントを継続してきたことによる反響や変化について伺うと、地方創生への手ごたえが感じられるという。

「これはしょうがないことなのですが、第1、2回の開催ぐらいまでは地元の方々も『本当に地元のためになるのか』という疑念があったと思うんです。でも、回数を重ねるごとに大会以外でも、ロードバイクで走りに訪れる観光客が増え、地元の方々からも『自転車の人がすごく増えましたよ』って声をかけられるようになりました。今、全国的にも注目を集めているサイクルツーリズムの手ごたえは感じていますね」

参加者と地元の両方に嬉しいイベントを目指して

最後に、復興イベントを通じて『人のために働く』ことのやりがいについて話を聞いてみた。

「一般的なイベントと違って、復興を目的としている『ツール・ド・東北』では、参加者の満足度と地元の満足度のバランスが特に大切だと思っています。例えば、イベントの参加には受付キットが必要なのですが、あえて会場での前日手渡しにしているんですよ。参加者のことだけを考えれば事前に郵送するのがいいのですが、そうはしていません。前日手渡しにすれば現地で宿泊して食事をして……って地元にお金が落ちるじゃないですか? そんな風に、参加者も地元の方々も両方がハッピーになれるイベントをつくること。それが一番難しいことであり、一番のやりがいでもありますね」

  • 取材時、足達さんはイベント開催日の天候を気にされていたが、今年は天候に恵まれ、自転車日和となった

「あと、ヤフーはインターネット企業ということもあって、普段働いていてユーザーの顔を見ることはできません。でも、このイベントではいい表情をした参加者の方々に会えるのも魅力です。ゴールする時なんかは特にいい顔をしてくれるんですよ。実は、よくツイッターなどで大会名をエゴサーチして、こんなの(携帯に保存されたキャプチャー画面)を探したりもします。『ツール・ド・東北、最高!』とか『来年も絶対参加したい!』とか、参加者たちの嬉しい投稿を見つけると、こっちも嬉しくなります」

今回、準備で慌ただしいイベント前日に会場へお邪魔させてもらったのだが、足達さんをはじめ、スタッフの方々は相当に忙しそうだった。また、それと同時に皆さんがとても生き生きとした表情をしていたのも印象的だった。きっと、その理由はこれに違いない。

「本音を言うと、イベントの運営は大変です。ものすごく(笑)。でも、単純なんですけど、イベントで参加者や地元の方々が喜んでくれている姿を見られること、それがすべてです。そのためなら何だって頑張れますよ」

※取材協力:ヤフー