今回から新たにエッセーを週刊連載することになった。テーマは結婚生活である。僕自身が昨年春に結婚したばかりということで、そんな新婚男性からの目線で「夫婦ともに幸せになれる結婚とはいったいなにか?」という掴みどころのないテーマを追い求めていきたい。なお、だからといって僕自身が結婚の専門家というわけではなく、その正体は30代も後半に差しかからんとする、ただの娯楽作家だ。今月25日に最新刊の長編小説『虎がにじんだ夕暮れ』(PHP研究所)が発売されます。どうぞよろしく。

さて、初回のテーマは「夫婦はどこから夫婦になるのか」、これである。法律的に考えれば入籍した日からに決まっているのだが、そんな味気ない定義では偽装結婚の二人まで夫婦になってしまう。形式ではなく中身の話として、夫婦というものを考えてみたい。

実際、これは最近の僕ら夫婦にとっても大きな課題のひとつなのだ。僕らは結婚して1年半になるにもかかわらず、いまだに初めて会った人から夫婦だと思われないケースが多い。たとえば二人で外食しているとき、あるいは二人で洋服屋に入ったとき、それぞれのシーンで店員さんと会話すると、だいたい最初はカップルだと間違えられる。その後、会話を重ねた結果、「あ、ご夫婦だったんですね」と驚かれることがほとんどなのだ。

以前の僕は、年齢的なものが理由だと考えていた。僕が30代半ば、妻が20代後半、すなわちまだまだ世間的には若夫婦で、子供を連れているわけでもないため、傍からは夫婦ではなくカップルに見えてもしょうがない、ということだ。

しかし、あらためて街中を観察してみると、不思議なもので「夫婦に見える男女」と「夫婦に見えない男女」というものが、年齢や子供の有無に関係なく、はっきりと見分けられることに気づいた。年配の男女を見て夫婦だと思うのは当然だが、20代の男女であっても明らかに夫婦に見える場合が確実に存在する。この夫婦とカップルの違いをあえて言葉にするならば、すなわち二人が纏っている空気感がまったく別物なのである。

要するに、僕ら夫婦からはそういった特有の空気感がまだ出ていないということなのだろう。その空気感とは決して民法上の婚姻だけで生み出されるものではなく、ひとつ屋根の下で何年も二人で暮らし、何年も同じ食事を摂り、様々なトラブルやハプニングを乗り越えながら、少しずつ熟成されていくヴィンテージワインのようなものだ。ああ、この二人はきっと何年か先に同じ墓に入るんだろうな。そんなことを他人に思わせる圧倒的な同種同属性、それが全身から溢れ出ることで、男女は初めて夫婦になるのだ。

そう考えると、これまでの僕らが夫婦に見えなかったのは当然のことかもしれない。僕ら自身、結婚して最初の1年間は特に夫婦喧嘩が多く、ひどいときは家に帰りたくないと思うくらい殺伐とした空気が、二人の間に充満していた。

喧嘩の理由のほとんどは、二人で生活するうえでの価値観や習慣のズレである。僕は祖父母も同居する大阪の古い三世代家族で育った長男坊であり、血液型は気まぐれのマイペースで知られるB型、おまけに職業は謎の在宅自由業者、さらに独り暮らし歴が10年以上にも及ぶ、野良猫のような人間だ。一方の妻は典型的な核家族育ちの次女で、血液型は几帳面で知られるA型、おまけに職業は一般企業の派遣OL。そんな人間的ジャンルがまったく異なる二人が結婚を機に新居に引っ越し、無意識のうちに家の中での暗黙のルールをゼロから構築していったのだ。互いの意見が激しく衝突するのは論を俟たないだろう。

あのころの僕は妻に対して怒鳴り声を発することも多く、あまりの苛立ちに物を投げたり、壁を殴ったり、さらにそれが原因で右手を骨折したり、壁に穴が開いたり、とにかく自分で自分が情けなくなるくらい精神が荒んでいた。きっと妻も多かれ少なかれ、心を病んでいたことだろう。この生活が永く続くことを思うと、憂鬱になったものだ。

ところが、結婚1年を経過したあたりから大きな変化が起こった。どういうわけか、あれだけ激しく、頻繁に勃発していた夫婦喧嘩がめっきり減ったのだ。

僕らの中に明確な心境の変化があったわけではない。突如として互いを思いやれるようになったとか、互いに譲歩するようになったとか、そういう夫婦円満の秘訣みたいなものが芽生えたわけではなく、ただなんとなく二人の空気が穏やかになったのである。

きっとこれが年月の積み重ねから生まれる「夫婦の空気」というものなのだろう。夫婦にとって入籍日とは、それまでの恋人同士が晴れて夫婦というゴールテープを切った記念日なのではなく、未熟な男女がこれから時間をかけてゆっくり夫婦になる日を目指して歩き出すスタートライン、すなわち出発の日だ。だから結婚式では神の前で、あるいは人々の前で、開会式の選手宣誓さながらの決意を誓うわけだ。

夫婦が夫婦になる日は、結婚後の二人の生活の中で自然発生的に生まれる。だから結婚当初はなかなかうまくいかなくても、そこで諦めることなく、考えすぎることなく、それはゴールまでの障害物のひとつだと思って、ただ時間をやり過ごしていけばいい。

もう少し年月が経てば、僕らも夫婦に見えるようになるのだろう。

<作者プロフィール>
山田隆道(やまだ たかみち) : 小説家・エッセイスト。1976年大阪府出身。早稲田大学卒業。10月刊の最新長編「虎がにじんだ夕暮れ」の他、「神童チェリー」「雑草女に敵なし!」「SimpleHeart」「芸能人に学ぶビジネス力」など著書多数。中でも「雑草女に敵なし!」はコミカライズもされた。また、各種番組などのコメンテーター・MCとしても活動しており、私生活では愛妻・チーと愛犬・ポンポン丸と暮らすマイペースで偏屈な亭主。
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