皆さん、「交渉」は好きですか。

このコラムを読んでいる皆さんは、ビジネスの現場で、合意を得るために誰かと日々交渉し頭を悩ます場面に直面しているのではないでしょうか。

交渉の好き嫌いは様々だと思いますが、あまり好きではないという方の中には、駆け引きが好きではない、コミュニケーションが面倒であるといった思いを抱いている方が多いのではないでしょうか。また、交渉に関連するキーワードとして、WIN-WINを目指せばいいという声を聞いたことがある方は多いと思います。このように両者がハッピーになればいいのですが、WIN-WINという名のLOSE-LOSE、単なる妥協になっていることが実際には多いのです。

こうした状態を避けるために、これから4回のコラムを通じて、交渉をどのように捉えればよいのか、交渉に際しどんなことを意識すればよいのか、目指すべき状態はどんな状態なのか、などに触れながら交渉術の基礎スキルについて皆さんと一緒に考えていきたいと思います。

では早速、ある事例を題材に、交渉の際に押さえておくべき基本的な考え方をご紹介しましょう。

ある家電量販店にて

  あなたは、新しいパソコンの購入が必要になり、家電量販店に行った。定価15万円のパソコンが、B店では12万円で売っていることを確認したうえで、A店にやってきた。

あたな「いくらまで下げられますか」
A店の店員「13万円です」
あなた「B店では12万円だったのですけれど…」

交渉力の源泉は「BATNA」。そして、「撤退の基準=RV」を持っておく。

こうした場面は、家電の買い物の際によくみられる光景ですよね。あなたが最後に発した言葉、これが交渉を語る際に外せない考え方、「BATNA」なのです。「BATNA」とは何でしょうか。

Best Alternative To a Negotiated Agreement (不調時対策案)

簡単に言うと合意できなかったときの最善の選択肢のこと。言い換えると交渉がまとまらなかった場合でも、最低限取り得る方策とも言えます。

そして、交渉の際にもうひとつ押さえておきたい考え方が「RV」。こちらも英語で表現すると、

Reservation Value (留保価値)

になります。「RV」は、「BATNA」を行使した際に得られる価値のこと。どんな条件までなら交渉に留まる価値があるのか、言い換えると交渉を撤退する基準となります。

先の例では、仮にA店での交渉がまとまらなくても、B店では12万円で購入することができます。つまり「B店で購入すること」がこの場合の「BATNA」、そして「12万円」が「RV」になります。12万円で購入できる他の選択肢がある訳ですから、12万円以下にならないのであれば、この交渉を続ける意味はないということになります。

強い「BATNA」を持つ、そして「RV」を意識する

交渉術と言われると、得てして相手といかに戦うかという交渉の場でのコミュニケーション戦術ばかりを考えてしまいがちです。しかし、それ以前に、自分が置かれている立場をしっかり把握することが実は重要なのです。強い「BATNA」があるということは、いざとなればこの交渉が成り立たなくても良いと思え、自信につながるはずです。一方で、「BATNA」が弱いと、なんとしてでも合意に到達しなければという焦りが生まれ、悪循環に陥ってしまう可能性が高まります。つまり交渉術のノウハウを駆使する以前に、「BATNA」によって交渉の成否の大部分は決まってくるのです。交渉を有利に進めるためには、強い「BATNA」を持つことです。相手と交渉に入る前に、自らの「BATNA」をしっかり押さえることがカギになってきます。

また、実際には難しいケースが多いですが、相手の「BATNA」を弱めるということも有利に戦う上での方策になります。そして、「BATNA」に紐づく「RV」をしっかり意識することで、この交渉を続ける意味はあるのかの判断がつき、無駄な交渉を避けることができるのです。

今日のまとめ

交渉の成否は、交渉以前に決まっている。「BATNA」と「RV」を事前に明確に押さえ、自信を持って交渉に挑もう。


<著者プロフィール>
岡重文
グロービス経営大学院教員、グロービス・マネジメント・スクール講師。担当科目は「ファシリテーション&ネゴシエーション」「クリティカル・シンキング」「ビジネス定量分析」など。京都大学工学部応用システム科学専攻 修士課程卒業。NTTデータに入社し、SEとして複数のシステム開発に従事した後、ネットワーク機器の製品開発に携わる。その後、プライスウォーターハウスクーパースに入社。プロジェクトマネジャーとして複数のプロジェクトを担当。 2000年、グロービスに入社。企業研修担当、eLearning事業の立ち上げに関与したのち、グロービス・グループの情報システム部門を統括。2007年より経営管理本部にて人事・総務を兼務。2013年よりファカルティ部門。