米大統領選は終盤戦を迎えています。ここへきて共和党のドナルド・トランプ氏は女性蔑視のわいせつ発言やセクハラなどスキャンダルが相次いで表面化し、きわめて苦しくなってきました。

米NBCテレビとウォールストリート・ジャーナルが共同で実施した最新の世論調査によると、ヒラリー・クリントン氏の支持率が48%、トランプ氏が37%で、クリントン氏が11ポイントのリードとなっています。両候補の差は9月までは数ポイント程度で拮抗していましたが、トランプ氏の一連のスキャンダルで10月に入って2ケタに拡大しました。他のメディアの世論調査でも同じような傾向となっています。

米大統領選の支持率ではクリントン氏がリード

史上まれにみる低次元の争い

しかしこれで「クリントン氏で決まり」とはまだ言い切れないようなのです。今回の選挙戦は米大統領選史上まれにみる低次元の争いと言われていますが、これまでの経過を見ていると3つの問題点が浮かび上がってきます。

第1は、トランプ氏の大統領候補としての資質を根本的に疑われる状況になってきたことです。もちろん以前から、同氏の言動はたびたび物議を醸してきましたが、最近になって表面化したスキャンダルはもはや"物議"の域を超えていると言っても過言ではないようです。

このためついに共和党の幹部や重鎮たちは従来以上の厳しい態度でトランプ氏を批判するようになりました。それはトランプ氏との決別宣言に等しいと言えます。しかしそのことは、そのような人物を大統領候補として指名した共和党の責任を問われることにもなるわけです。

第2は、そのようなトランプ氏であるにもかかわらず、依然として高い人気を得ていることです。さすがに最近は「メキシコ国境に壁を作る」「イスラム教徒の入国を禁止する」などの直接的な発言は控えるようになりましたが、移民を排撃する同氏の過激な差別発言に拍手喝さいする風潮が米国に広がっていることは、残念ながら事実です。こうした排外主義の傾向は、白人の労働者層を中心に経済的な格差拡大や既存政治への不満が高まっていることが背景にあります。

トランプ氏の言動はそうした不満のはけ口を移民や外国人に向かわせているわけですが、重大なことはそうした傾向が米国だけではなく欧州でも強まっていることです。昨年来、欧州各国では中東や北アフリカからの難民急増に反発が強まり、「反難民・反移民」や「反EU」を掲げる政党やグループの勢力が拡大しています。英国のEU離脱も移民への反発が背景にあります。欧州で起きている問題は、米国の"トランプ現象"と根は同じなのです。

第3は、選挙戦でまともな政策論争が行われていないことです。これまでトランプ、ヒラリー両候補によるテレビ討論会は2回行われましたが、スキャンダルや資質の問題などでの非難合戦に終わってしまい、政策について議論はほとんど深まりませんでした。

たとえば国内経済政策では、トランプ氏は所得税と法人税の大幅減税を掲げ、ヒラリー氏は富裕層への増税を主張しています。しかしそれぞれの経済効果や税制のあり方、減税の財源などについて議論が深まるような展開にはなっていません。

またTPP(環太平洋経済連携協定)についてトランプ氏は「反対」を一貫して強く主張していますが、その勢いに引っ張られるようにクリントン氏は当初の賛成姿勢から、選挙戦の途中で「国益に反するTPPには反対」との主張に変えています。TPPは米国が中心となって各国が時間をかけて交渉の末やっと合意にこぎつけたものなのですから、きちんとした政策論争が必要なはずですが、現実はポピュリズム(大衆迎合主義)の応酬となっています。

しかもTPPは民主党のオバマ政権が力を入れてきた政策です。そのオバマ政権で国務長官をつとめたクリントン氏がTPPに反対しているわけで、民主党もとんだ矛盾を抱え込んだことになります。クリントン氏が大統領に就任したら、TPPをどのように扱うつもりなのでしょうか。

世界の景気にも大きな影響

このような大統領選の行方は米国だけではなく、世界の株価や為替相場、景気にも大きな影響をもたらします。もしトランプ氏が勝利するようなことになれば、株価は急落する恐れがあり、ドルの信認が揺らぐ可能性もあります。つまりドル安・円高です。

大統領選の結果はFRB(米連邦準備理事会)の金融政策にも影響を与える可能性があります。大統領選の翌月、12月13日~14日に開かれるFOMC(米連邦公開市場委員会)で利上げが決定されるかどうかに注目が集まっていますが、もしトランプ氏勝利で市場が混乱するようなことになれば利上げは難しくなりそうです。これは米国の金利が上昇しないことになるのでドル安、つまり円高要因となります。

さらにトランプ氏は日本に対し厳しい態度で臨んでくる可能性がありますので、それも円高要因に加わることになります。

一方、クリントン氏が勝利すれば市場は安堵し、株価が上昇、為替はドル高・円安というのが常識的な予想でしょう。ただクリントン氏はもともと不人気で、最近の支持率上昇は敵失によるものです。また前述のようにトランプ氏の主張に引きずられる傾向があるなど、大統領としてのリーダーシップを不安視する声もあります。こうした点から、株価上昇と円安は小幅にとどまる可能性を頭に入れておいたほうがいいかもしれません。

11月8日の投票日まで、いよいよあと3週間を残すのみとなりました。ヒラリー氏優勢との流れが強まっていることは確かですが、まだ何が出てくるか予断を許しません。当面は19日に両候補による3回目のテレビ討論が行われます。おそらく、この場での議論がどうなるかが終盤戦の行方を決定づけることになるでしょう。

米大統領選投票日まであと3週間

執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。