昨日、住んでいるマンションの部屋の契約を更新しました。二年前、この部屋に引っ越してきたとき、私は「契約は更新せず、二年後までには結婚して、この部屋を出て行くぞ!」と心に誓っていました。それなのに契約を更新するなんて、さぞかし敗北感や挫折感が大きいだろうと思われるでしょうが、不思議と気持ちは晴れやかで、穏やかです。
二年前、私は、結婚というゴールにたどり着かないまま終わる恋愛に疲れ切って、そういう不毛な恋愛はもうたくさんだと思っていました。結婚がしたい。この人だと決めて、強い愛で結ばれた関係を作りたいと。ところが、「結婚したい」と思えば思うほど、私の望む愛や、こうありたいという私自身から、どんどん遠ざかっていくような感覚に陥っていきました。
「独身女」という立場に添って生きる必要はない
最近、友達がこんなことを言っていました。
「会社で、男性社員が私のことを、彼氏がいる女性社員や、既婚の女性社員と比べて『かわいそ~』みたいなことを言ってくる。当然のように見下してきて、私はその場を丸くおさめるために『そうなんですよ、寂しいですよ~。誰かいい人いたら紹介してくださいね』なんて言ってる。言ってる自分にも腹が立つけど、どうしてこんなふうに低い姿勢でいなきゃいけないのかわからない。仕事がんばって、税金も払って、ちゃんと社会生活してるのに、どうしてかわいそうな人として扱われなきゃいけないの?」。
30代後半の独身女性というものは、世間からは、「男に愛されてないみじめな女」とか、「よっぽどなりふりかまわなければ結婚できない」と思われています。そういう視線をぶつけられたときに、見苦しくないふるまいをするために、私も、自分が他人からどのように見られているのか、どのような反応をすれば馬鹿にされずに済むのか、常に考えていました。
そして、そうして「見苦しくない独身女」であろうとしているうちに、彼女と同じくだんだん腹が立ってきたのです。なんでこんなに気を使わなきゃいけないんだろう? と。 もちろん、言い返せば「だから結婚できないんだ」「結婚できないから気が立ってる」とさらなる侮辱が待っていて、もっと深く怒り傷つくのが怖いからなのですが。
この連載を始めてから、私のところには「雨宮さんが婚活パーティーに行って、ひどい目に遭ってくる連載しませんか?(笑)」みたいな話がたくさん持ち込まれました。ああ、こういうふうに見られているのだなとよくわかりました。「独身」で、「いい年」で、「結婚したがっている」だけで、笑い者にしていい、と思われているんだなと。婚活パーティーに行って、誰からも相手にされなかったり、年齢的な理由で冷たくされたり、そんな「わかりきったこと」「当たり前のこと」で、今さら私が本当に傷つくなんて、まったく思われてないのだな、と。
それだけならまだ良かったのですが、「○○さんと友達なんだって? ○○さんは結婚して子供もいるのに、ホントに仲いいの?」というようなことを訊いてくる人もいました。誰かの結婚が決まると「今どんな気持ち?」とワクワクした顔で訊いてくる。「結婚できない女は、既婚の女を憎んで恨んでひがんでいるかわいそうな女」だと思っているのでしょう。その醜い思い込みに、私を巻き込まないでほしい。
なぜ「好きになった男と結婚したい」と、正直な気持ちを言うのが難しく感じるのでしょう。「愛のある結婚がしたい」と、当たり前のことを話題にできないのでしょう。それは、20代前半でなければ言ってはいけない言葉なのでしょうか。口を閉ざし、自分の望みとはまったく関係ない、結婚だけを目的にしたハウツーを、いつまで聞き続けなければいけないのでしょう。
結局、この連載を始めて感じたことは、独身女というものは、予想以上に見下されていて、結婚を焦って行動していることが明確でければ、「何を考えているのかわからない」「早くなんとかしないと"間に合わなく"なるのに」と思われている、ということでした。
いきいきと感情を動かしていた自分自身は、どこに行ってしまったのでしょうか。我慢して、おとなしくして、男の気に入るようにふるまわなければ結婚できないのだと、自分自身を封じ込めるような真似を、なぜ私はしているのだろう、そしていつまで続けるのだろう? そう思ったとき、私は自分がいったい何をしているのか、よくわからなくなりました。
「独身女」という立場を必要以上に背負いすぎ、「結婚してもらうには、こうしなければならない」と思いすぎた結果、人生はすごくつまらないものになってしまいました。 そしてがんばってみても、結婚相手として選ばれないどころか、恋愛の相手としても選ばれない。私自身は、それほどまでに魅力がないのか……。全身から自信というものが抜け落ちていきそうになりました。
私は自信を捨てたくありません。私は37歳になりました。これから先、パートナーを得られるかわからない。恋愛をして、失恋するかもしれない。そんなことがあったとき、自信がなければ、生きてはいけません。どのように思われても、自分を好きでいたい。
こういうことを言うと、今度は「もう結婚する気がないんですね」と言われたりします。本当に泣きたくなります。一人で生きたいなんて思っていない。そして、誰でもいいから一緒にいたいとも思っていない。それだけなのに、なぜそんなにものごとを単純化したがるのでしょう。私は、もうそんな人たちに、理解してもらわなくてかまわない。形ばかりの結婚をすることで、そういう人たちのコミュニティに受け入れてもらおうとも思わない。
私は、「もう若くない独身女」ではなく、ただ私自身として生きたいです。それは、結婚している人も、子供を持っている人も、みんなそうであればいいと思うのです。立場で生きるのではなく、意志で生きることだけが、人生を輝かせるのだと、私は思っています。
<著者プロフィール>
雨宮まみ
ライター。いわゆる男性向けエロ本の編集を経て、フリーのライターに。その「ちょっと普通じゃない曲がりくねった女道」を書いた自伝エッセイ『女子をこじらせて』(ポット出版)を昨年上梓。恋愛や女であることと素直に向き合えない「女子の自意識」をテーマに『音楽と人』『POPEYE』などで連載中。
イラスト: 野出木彩