前回は、「紐付き融資」を申し込む際の添付資料について説明いたしました。今回は、通常の融資とは異なるデットファイナンスの選択肢である、当座貸越について解説いたします。
当座貸越とは?
当座貸越は金融機関側から見た呼び方で、借り手の企業側から見て「当座借越」と呼ぶこともあります。当座貸越は融資枠(限度額・極度額とも言います)を設けて、枠の範囲内で借入と返済を繰り返すことができる契約です。当座貸越には、一般当座貸越と特殊当座貸越があります。特殊当座貸越は特別当座貸越と言うケースもあり、金融機関によって呼称に差異があるようです。
一般当座貸越は、当座預金口座を作成して小切手の利用が可能となる制度です。加えて、自動口座引落の結果として口座残高がマイナスとなっても、利息を支払うことを条件に、限度額の範囲内であれば金融機関が立替をする契約になります。
特殊当座貸越は、いわば融資専用のプランで、小切手を利用することはできません。大企業はシンジケートを組むことが多く、コベナンツが付帯するケースがあります。シンジケートは複数の金融機関が協調することを指します。コベナンツは財務制限条項とも言い、融資を受けるにあたって、借り手の企業が約束する内容を意味します。コベナンツの例として代表的なものは、売上高経常利益率や負債比率等の経営指標であり、一定の水準を維持することが求められます。中小企業は相対取引となります。
特殊当座貸越の契約を締結する際、借りることができる最大の金額である極度額が設定されます。極度額の範囲内で、借り手の任意のタイミングで資金の借入と返済ができます。運用方法によっては金融機関側から見て「いつ元本が返済されるかわからない」資金となるため、信用リスクが高い取引となります。したがって、当座貸越は通常の融資より、審査のハードルが高いと言われます。
通常の融資は、極論を言えば年1回の計算書類の提出と口頭での経営状況報告のみで年度資金(1年間に必要な資金のこと。売上計画・費用計画・既存借入金の返済計画をもとに必要資金量を計算する)を調達することが可能です。
当座貸越は、申込時に毎月の資金の出入りについて確認されることになり、検討にあたって金融機関側から月次の残高試算表の提出が求められます。月次の残高試算表が必要ということは、毎月帳簿を締めることができる経理体制を構築しなければならないということを意味します。十分な人数の経理スタッフを揃えなければならないことから、相応の経営状況が要求されることも必然と言えます。
売上高3億円前後の企業が当座貸越を検討
銀行の担当者にヒアリングすると、目安として「売上高3億円前後の企業が当座貸越の検討をします」とのことでした。長期に渡り融資を受けて返済することで、通常の約定弁済(分割返済)の契約を全うできることを示した後に、特殊当座貸越へとステップアップする手順を踏むことが定石となります。
季節性の資金に対応するケース、例えば1年のうち3カ月だけ資金ニーズが発生する場合に、当座貸越は便利な制度です。長期の融資を受けたケースでは支払利息が毎月発生しますが、必要なときのみ短期で借りることができる当座貸越は、借入残高があるときのみ利息が発生するので、支払う費用を抑制することが可能です。
当座貸越を利用した場合、借入残高がゼロであれば短期借入金が貸借対照表には載らないため、総資産が増加しません。例えば、ROA(Return On Assets、総資産利益率)のように総資産を分母とする経営指標が低下しない効果があります。借入の際の金利は、短期プライムレート(2019年10月時点で1.475%)が相場となります。原則として1年更新の契約となりますので、財務の長期的な安定性は保証されません。
特殊当座貸越の融資枠を設定した後、実際に資金を借り入れる際は、請求書を作成します。請求書に金額と返済予定日を記入し、記名捺印すれば、融資が実行されます。請求書は契約書ではないため、収入印紙の貼付が不要という特徴があります。東京都の制度融資に「極度額設定」というプランがあり、手形貸付である点を除けば、ほぼ特殊当座貸越と同様の運用をすることができます。
当座貸越に対する信用保証として、当座貸越(貸付専用型)根保証制度があります。例えば2019年度の東京信用保証協会では、保証限度が100万円以上2億8,000万円まで、保証期間が1年間もしくは2年間、返済方法は約定弁済と随時弁済の双方が利用可能です。
当座貸越についての説明は以上です。次回は第4回で取り上げた保証付き融資(保証協会付き融資)について深掘りいたします。
※写真と本文は関係ありません
執筆者プロフィール:千保 理(せんぼ ただし)
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株式会社情報基盤開発CFO(最高財務責任者)
ロンドン日本人学校中学部、東京学芸大学教育学部附属高等学校、東京大学経済学部経済学科を経て、東京大学大学院経済学研究科修士課程企業・市場専攻修了。専門は企業金融(コーポレート・ファイナンス)。生命保険会社のシステム子会社にて勤務した後、東京大学発IT系ベンチャー企業である株式会社情報基盤開発にCFOとして参画。財務と広報を兼務し、融資を受けた金融機関向けに経営状況を伝えるデットIR(Investor Relations)と、報道機関を介して社会全体へ情報発信するPR(Public Relations)を担う。Microsoft Innovation Award 2015にて、株式会社情報基盤開発のデータ入力業務支援ソフトウェアAltPaperが優秀賞を受賞した際のプレゼンター。未上場企業の融資による資金調達を得意としており、弥生株式会社やベンチャーキャピタルが主催する起業家向けの財務経理セミナーの講師を務めている。著書(共著)に千保理・滝琢磨・辻岡将基『~事業拡大・設備投資・運転資金の着実な調達~ベンチャー企業が融資を受けるための法務と実務』(第一法規、2019)がある。