投資の初心者が知っておくべきこと、勘違いしやすいことを、できるだけ平易に解説しようと思います。今回は「フィデュ―シャリー・デューティー(fiduciary duty)」についてです。舌を噛みそうな、あまり聞き慣れないこの言葉。でも、金融業界では近年、とても「重い」言葉として意識されています。
フィデュ―シャリー・デューティーとは
フィデュ―シャリー・デューティーとは、一般に「受託者責任」と訳されます。2014年に金融庁が「金融モニタリング基本方針」の中で初めて使った言葉で、「他者の信認を得て、一定の任務を遂行すべき者が負っている幅広い様々な役割・責任の総称」と説明されました。
国民の資産形成に不可欠
そのうえで、金融庁は「家計や年金、機関投資家が運用する多額の資産が、それぞれの資金の性格や資産保有者のニーズに即して適切に運用されることが重要である。このため、商品開発、販売、運用、資産管理それぞれに携わる金融機関がその役割・責任(フィデューシャリー・デューティー)を実際に果たすことが求められる」と指摘しました。要は顧客本位のことであり、国民の安定的な資産形成には不可欠というわけです。
客商売の業界で、顧客本位というのはある意味当たり前です。それでも、わざわざ難しい英語を使って念押しするのは、顧客本位が形骸化していたことの表れでしょう。
会社の利益や自身の営業成績のために、営業マンが株式の回転売買や投資信託の乗り換えを勧める、あるいは投資の初心者が理解できないような金融商品を買わせて巨額の損失を発生させる。そうした事例は後を絶ちません。
顧客本位の7原則
金融庁が2017年3月に出した「顧客本位の業務運営に関する原則」には、金融事業者は、(1)顧客本位の業務運営を実現するための明確な方針を策定・公表する、(2)顧客の最善の利益を追求する、(3)顧客との利益相反を適切に管理する、(4)手数料やその他費用を明確化する、(5)重要情報を分かり易く提供する、(6)顧客に相応しいサービスを提供する、(7)従業員に適切な動機付けを行う、との7つの原則が示されています。
金融庁によれば、2019年6月時点で上記「原則」を採択した金融事業者は、銀行、証券、投信、保険など約1,700社にのぼっています。それだけの金融事業者がフィデュ―シャリー・デューティーを真摯に守ってくれれば、投資家は安心して金融商品を購入できそうです。しかし、果たしてそうでしょうか。
プリンシプルベース・アプローチ
フィデュ―シャリー・デューティーは、詳細に規則を定める「ルールベース・アプローチ」ではなく、金融事業者が顧客本位を大前提として様々な業務運営を自ら判断する、いわゆる、「プリンシプルベース・アプローチ」です。したがって、外からみてフィデュ―シャリー・デューティーを順守しているかを判断するのは非常に難しいと言わざるをえません。
上述した「原則」を採択した金融事業者のうち、「運用損益別顧客比率」など共通のKPI(重要業績評価指標)や自主的なKPIを公表しているのは約5割に過ぎません。金融庁自身が「原則」の採択が目的化していると懸念を表明しています。もっとも、結果として顧客に儲けさせたから顧客本位だというのもかなり乱暴な気がしますが。
投資家が金融知識を持つことが大前提
また、フィデュ―シャリー・デューティーは性善説に基づいています。金融事業者が最初から顧客を食い物にしようとしていれば、それを抑止するのは難しいかもしれません。そこまでではなくても、フィデュ―シャリー・デューティーが現場の営業マンまできちんと浸透していなければあまり意味がありません。
結局のところ、投資家が金融の知識を持っていなければ、正しい判断はできないという当たり前の結論に行き着くのではないでしょうか。それでも、フィデュ―シャリー・デューティーを知っておいても損はないでしょう。強引な営業マンに対して「フィデュ―シャリー・デューティーって知ってるよね」とひとこと言えば、相応の効果があるかもしれません。