騙されない投資家になるために……。投資の初心者が知っておくべきこと、勘違いしやすいことを、できるだけ平易に解説しようと思います。

今回はやや趣向を変えて時事ネタを取り上げます。日本の移民政策について考えてみたいと思います。

安倍政権は、出入国管理法改正案を12月10日までの臨時国会で成立させ、来年4月までに制度開始することを目指しています。

主眼は、外国人労働者の受け入れ拡大です。安倍首相は「移民政策は取らない」と明言していますが、事実上は移民政策の大きな転換と言えそうです。

是か非かという二元論ではない

こうした動きを受けて、「日本は少子高齢化が進んで労働力が不足するのだから、外国人労働者/移民(以下、移民に統一)の受け入れは不可避」という賛成論や、「移民の増加により治安が悪化する」、あるいは「賃金が下がる」という反対論がメディアを賑わせています(漠然とした印象では、政府が移民容認の方向に進もうとしているので、反対論が多いようです)。

もっとも、これは「移民の受け入れが良いか悪いか」という二元論で語る問題ではないでしょう。

移民の受け入れによる治安悪化などの不利益を「リスク」、経済成長などの利益を「リターン」と定義すれば、第2回「リスクとリターンの関係」で説明したように、両者はトレードオフの関係にあります。

「ハイリスク・ハイリターン」か、「ローリスク・ローリターン」か

したがって、日本(政府や国民)は「ハイリスク・ハイリターン」を目指すのか、「ローリスク・ローリターン」を目指すのかという選択です。さしずめ、これまでの日本は「ローリスク・ローリターン」だったが、リターンを高めるためにリスクを多めに取ろうということではないでしょうか。

もちろん、労働者、経営者、政治家、老若男女、それぞれに立場や考え方が異なるので、国民の意見が一致するはずはありません。結局のところ、どこに最適解をみつけるかでしょう。

日本が欧米に逆行しているわけではない!?

移民反対論の中には、欧米が移民政策で失敗してきたとの指摘があります。たしかに、欧州では移民排斥を唱える政党への支持が高まっているし、トランプ大統領も不法移民に厳しい態度をとるだけでなく、移民規制を強化しようとしています。

ただし、それらは上の例を用いれば、「ハイリスク・ハイリターン」だったものが、リスクを減らすために(結果的に)リターンの低下を容認しようという動きと言えます。

いわば「ミドルリスク・ミドルリターン」を目指すという意味では、日本も欧米も志向は同じだと言えるかもしれません。

経済成長の差は人口動態でかなり説明できる

さて、投資という観点でみれば、一般論として経済成長の高い国の資産が好まれるはずです。長期的な経済成長力は、労働生産性の伸びと労働力人口の伸びによって規定されます。前者は、技術革新などで大きく変わりうるため予測が困難です。一方で、後者はある程度の正確性をもって予測することが可能です。

長期投資において新興国が有望とみなせるのは、経済の高度化の余地が大きいことに加えて、相対的に若年層が多く人口の伸びが高いからだと言えるでしょう。

日米の比較においても、人口動態(人口構成や変化)は大きな要素となります。日本の実質GDPは2017年までの20年間に年平均0.8%で成長しました。一方、米国の実質GDPは同じ期間に年平均2.3%の成長率でした。

そして、成長率の差1.5%の約3分の2は、両国の生産年齢人口(15歳以上65歳未満)の伸びの差で説明できます。

今後、2040年までに日本の生産年齢人口は年平均1.0%ずつ減少が見込まれます。これに対して、米国では生産年齢人口は年平均0.3%程度で増え続ける見込みです。この点から日米の経済格差はこれまで以上に拡大してもおかしくありません。

欠落した2つの視点

ところで、以下の2つの視点はあまり論じられていないように思います(筆者の認識不足であればご容赦ください)。

1つめは、移民を労働力としてのみとらえている点です。移民は一方で消費者でもあります。やや乱暴ですが、その意味で大いに稼いでもらって、家族にも日本で暮らしてもらうのが良いでしょう。

子供の教育問題など解決すべき課題は多いかもしれませんが、外国人子弟に対する教育サービスなど新たなビジネスチャンスはないでしょうか。

実は、1990年代に中国が市場経済に本格的に参入してきた時の議論を思い出します。安い賃金を武器に中国が世界の「工場」に取って代わるとの警戒論が席巻していました。それはある意味で的を射ていましたが、そこには中国が潜在的な「市場」であるとの視点が欠落していました。

今や豪州の輸出の3割は中国向けだし、下火になった感はありますが、中国人旅行者の爆買いは、彼らの滞在費も含めて統計上は日本の輸出に計上されます。

2つめは、議論の主流が、外国人を「受け入れてあげる」「日本で稼がせてあげる」という上から目線であることです。仮に、少子高齢化によって日本経済が衰退し、いよいよ切羽詰まって急に門戸を開放しても、誰も見向きもしないかもしれない。

その時に大幅な円安になっていればなおさらでしょう。そうならないように、日本に住みたい、日本で働きたいと思わせるような環境整備を今から進める必要があるのではないでしょうか。

20年以上前の直言

筆者は20年以上前に某国の中央銀行関係者と議論する機会がありました。彼女はアジア担当のエコノミストで、こう言い放ったのが今でも印象に残っています。「少子高齢化による財政危機。先進国のなかで日本が真っ先にその問題に直面することになる。日本がどのように解決するか、各国の当局者は非常に注目している。私見では、移民を受け入れるしか方法はないと思う」と。

執筆者プロフィール : 西田 明弘(にしだ あきひろ)

マネースクエア 市場調査部 チーフエコノミスト。1984年、日興リサーチセンターに入社。米ブルッキングス研究所客員研究員などを経て、三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社。チーフエコノミスト、シニア債券ストラテジストとして活躍。 2012年、マネースクウェア・ジャパン(現マネースクエア)入社。「投資家教育(アカデミア)」に力を入れている同社のWEBサイトで「市場調査部レポート」「スポットコメント」「今月の特集」など多数のレポートを配信する他、動画サイト「M2TV」でマーケットを日々解説。