「オイコラ! お前、何考えてんねん⁈ 眠たいんか⁈こんなもん、使えるか! やり直しじゃ!」「人の命かかってる自覚あんのかアホンダラが!」
この叱責は許されるでしょうか、許されないでしょうか。営業成績が悪いとこれくらいの激しさで責められるブラック企業も実際にはありますが、普通はオフィスで部下にこんな怒号を発していると、パワハラ認定されます。しかし、ここまで荒い言葉遣いではなくても、これと同じような内容で叱責される職場は存在します。人命救助の現場、危険物取扱の現場など、一歩間違えれば大事故や大惨事につながるようなケースです。そんな場所のそんな瞬間に「〇〇さん、その〇〇の取り扱い方は、〇%の確率で①〜、②〜、③〜のリスクが生じるので、次の点に留意しながら修正をしてください」なんてやっていたら、本当に人が死んでしまいかねません。
また一般的に3Kと呼ばれる業界や、第一次産業、製造、建築などの現場では、どうしても言動が荒い傾向があります。その世界の中にいる人にとってはそれが通常運転なのですが、まったく異なるバックグラウンドの人間がその中に入ると、思わぬ確執や怨み、大事件に発展することがあります。親にも怒鳴られたり、手を挙げられたことがない若手社員にとって、こうした侮辱は「万死に値する」ほど許せない、「報復するべき」行為だったのです。
登場人物全員、アンガーマネジメントができなかったお話
本件の調査を終えて「何だかなぁ……」と溜息をついてしまいました。私ももう年でしょうか。
A社はチェーン展開する飲食事業会社です。社長一代でここまで成功させました。 「若いときは寝ずに働いた」「あの頃は毎日、賄いを腹いっぱい食えることだけが楽しみだった」 という社長ですから、自然と幹部やマネージャーも昔気質なタイプが増えます。今の感覚で言えば、ブラック企業になるかもしれません。ただし給与も福利厚生も同業他社に比べて良いので、私はそう思っていません。
一方B社は、A社のような飲食店に食品を卸す会社です。世界中から食品の調達をするため、グローバルな人材育成に力を入れており、大卒の若手社員が揃っています。A社を担当しているのは入社3年目のD君です。
本件は、A社で怒鳴られたD君が、憂さ晴らしにインターネットの掲示板でA社とその幹部の悪口を書き連ねただけでなく、その個人情報や機密情報まで暴露したという事案です。理由は「(あんな風に)怒られたから」。
どの業界でもそうですが、特に飲食業界のように人手不足の業界では、在日外国人の方や、前科があるが今は立派に更生している方が働いていることはめずらしくありません。差別する側がいけないのは当然ながら、残念ながら差別的な発言や視線を向ける人がいるのは事実です。そんな環境で、D君は差別的な発言を繰り返し、まったく無関係の犯罪とA社を関連付けることで、A社の印象を著しく悪化させ、差別を助長しました。
また飲食業界では「法律上、健康上、衛生上、問題はないが、不知または潔癖な消費者が知ると良い気持ちにならないこと」も存在します。こういうことを取引先の社員が暴露することは、信頼関係が壊れるのみならず、場合によっては機密情報漏洩として賠償問題に発展することもあります。D君はこれをやらかしてしまったのです。「だって本当のことだし」「悪いと思われるようなことをするほうが悪いんじゃん」「僕のお気持ち」という屁理屈は、法の前では無意味です。
暴言や悪口は未熟性の表れ、機密情報や個人情報の暴露は法を犯す行為
D君の仕業だと断定できたのは、掲示板に書かれていた内容に加えて、当社が行ったSNS調査、そして社内のスケジュール管理ツールにおけるD君の行動管理データを照らし合わせた結果です。A社からの通告により、契約解除の憂き目に遭ったB社は、今、対応に追われています。仮にD君が機密情報さえ漏らさなかったら、A社はここまで問題にしなかったでしょうか。それはわかりません。そもそもD君への「怒り方」は今の時代、他社の人間に浴びせるのに適切な注意の仕方とは言えないからです。
現代の若者の中には、人生で一度もまともに怒られたことがないという人が結構います。親にも学校の先生にも、一度も叩かれたことがないというのもめずらしくないようで、旧世代の筆者は驚いています。体罰や暴言は確かに良くありませんが、一度も他人から怒られたことがないまま大人になると、社会に出て初めてキツく叱責されたり雷を落とされたときのショックが大きく、「なぜ怒られたのか」という原因ではなく、「怒鳴られた」「きつく責められた」という記憶や、悔しさ、怒り、憎しみといった感情のみが残るのではないでしょうか。
階級社会では、バックグランドが異なる人間が直接交わることは少ないですが、日本はそうではありません。富裕層の「塀のない」家の前で、誰でもストロングゼロを飲める社会です。特に仕事ではそうです。幼稚園から私立医学部まで一直線できた医師が、生活保護受給者を世話したり、裕福な家庭で何不自由なく育った大卒新入社員の顧客が、肉体労働で揉まれた団塊世代、ということも珍しくありません。D君のようなケースは、これからも増えていきそうな予感がします。
ニュースを見ても、インターネットを見ても、アンガーマネジメントのできない人が増えているように見えます。アンガーというのは怒りのことですが、一度の暴言や悪口は未熟性の表れ、嫌がらせや機密情報・個人情報の暴露は法を犯す行為である、ということがもっと浸透することを願います。