「バイデン勝利確実」で株価急上昇
米国の大統領選は、民主党のジョー・バイデン氏の勝利が確実になり、勝利演説を行いました。トランプ氏はまだ敗北を認めていませんが、「バイデン大統領」で動き出した流れをひっくり返すことは困難と見られます。今回の大統領選の結果は世界経済と日本経済にどのような影響があるのでしょうか。
まず何と言っても株価の上昇が際立っています。
ウォール街では従来は、バイデン氏が掲げる法人税引き上げや富裕層への増税、大企業への規制強化などへの警戒感がありました。また接戦との世論調査で見通しが不透明だったこともあり、株価は10月末に2万6,500ドル台まで下落していました。
しかし投票日が近づくにつれてバイデン氏の大規模な景気対策への期待が高まるようになり、同氏の勝利を見越してダウ平均株価30種平均(ダウ平均)は11月に入るとから上昇し始めました。投票日の直後は集計をめぐって混乱長期化への懸念が強まりましたが、そうした状況をよそに株価は上昇。そのうえ、予想より早く事実上の決着がついたことで市場には安心感が広がりました。
週明けの9日には一時1,600ドルも上昇、コロナ禍前の高値(2万9,551ドル)を上回って史上最高値を一時更新したのに続き、10日も上昇しました。11月に入ってからの7営業日で上昇幅は2,918ドル、上昇率は11%にも達しています。
こうしたニューヨーク市場の動きを受けて、東京市場でも日経平均株価が11月6日にコロナ禍前の高値を抜いて約29年ぶりの高値を記録しました。週明けもさらに連日の上昇が続き、11日にはバブル崩壊後で初めて2万5,000円台に乗せました。11月に入ってから11日までの上昇幅は2,372円、上昇率は10%に達しています。
日米ともに株価は今年春に新型コロナウイルスの感染拡大で急落し、3月下旬にNYダウは1万8,000ドル台、日経平均は1万6,000円台まで落ち込んでいました。その底値から見ると、日米ともに50%以上も上昇したことになります。グラフを見ても、特にここへきての株価上昇の大きさがよくわかると思います。
公共投資・環境などに4年間で2兆ドルの投資~コロナ制御で景気回復めざす
それでは、市場が期待するバイデン氏の経済政策とはどのような内容なのでしょうか。
公約では、(1)公共インフラや環境部門に4年間で2兆ドル投資、(2)500万人の雇用を創出するため製造業支援に7,000億ドル投資、(3)「コロナを制御するまで経済を立て直せない」としてマスク着用を義務化など感染対策強化、(4)低所得者層への減税――などが柱で、経済対策としては過去最大規模となっています。
それら政策の財源として、大企業や富裕層を対象に10年間で4兆ドルの増税との方針を打ち出しています。トランプ大統領は連邦法人税の税率を従来の35%から21%に引き下げるなどで1.5兆ドル規模の減税を実施しましたが、バイデン氏の増税案は法人税率を28%に引き上げるとしています。
トランプ減税分のちょうど半分を元に戻す計算になり、株価にとってはマイナスと判断されてもおかしくないのですが、それより過去最大規模の財政出動への期待が大きいということでしょうか。ある試算によると、公約が実行されれば、米国のGDP(国内総生産)を2022年に3%押し上げる効果があるとのことです。
それに加えて、過激な言動を繰り返したトランプ大統領に代わって、バイデン氏のほうが安定的な政権運営が期待できるとの見方も、株価上昇の要因となっているようです。
「バイデン大統領」第1の懸念~コロナ感染拡大
ただその一方で、「バイデン大統領」には懸念が少なくないのも事実です。それは4つにまとめることができます。
第1の懸念は、何と言ってもコロナの感染拡大です。テレビのニュース映像を見ていると、トランプ支持派の集会はほとんどの人がマスク無し、反トランプ派はマスク着用が多かったようですが、マスクを着用していても、あれだけ「密」になって大声で歓声を上げたりしていては感染防止の効果がないのではないかと感じてしまいます。すでに感染再拡大しているにもかかわらず、このような光景が展開されたことで、さらなる感染拡大をもたらすことが懸念されます。
トランプ氏のコロナ感染への対応が敗因の一つになったことは確かで、バイデン氏はマスク着用を呼びかけるとともに、さっそく専門家による対策チームを発足させました。しかしそれでも制御できないほど感染が広がってしまえば、米国も再び行動制限や都市封鎖なども措置ととらざるを得なくなるかもしれません。それが新大統領の初仕事にならないとも限りません。
米国の実質GDPは4-6月期にマイナス31.4%(前期比・年率換算)と戦後最大の落ち込みを記録しましたが、7-9月期は逆に33.1%増(同)と大幅増加し、景気が回復途上にあることは確かです。日本や欧州各国も同じような足取りをたどっています。しかし欧州では再び感染が拡大して部分的な都市封鎖の再開を余儀なくされており、日本も欧米に比べれば感染者数は少ないものの再び拡大の様相を見せ始めています。
こうした中で米国で感染が広がれば、せっかく上昇した株価は再び下落に転じ、回復しかけている景気も再び悪化して「二番底」に陥るおそれがあります。それだけに、バイデン氏が感染拡大と景気悪化を食い止めることができるか、手腕が試されることになります。
「バイデン大統領」第2の懸念~大増税
第2の懸念は、やはり増税政策です。前述のようにバイデン氏は10年間で4兆ドルの増税案を打ち出していますが、これはかつてない規模の増税計画です。その主な内容は、連邦法人税率の引き上げと富裕層への増税で、これによって経済対策の財源を確保すると同時に、低所得層への減税とセットにすることで格差是正を図ろうとのねらいです。
しかしこれだけの規模の増税を行えば、せっかくの景気対策の効果も帳消しになる可能性があります。しかもそれがコロナ禍で行われるとすれば、なおさらです。株価は今のところ増税というマイナス材料を横において上昇が続いていますが、増税案が具体化してくれば、株価の下落要因にもなりえます。
この点で注目されるのが、財務長官の人事です。どの政権でも財務長官は経済政策の中心となる重要なポストですが、報道によりますとその候補の一人にエリザベス・ウォーレン上院議員の名が挙がっているそうです。
ウォーレン氏は今回の大統領選の予備選に出馬し、論客の女性候補として注目を集めました。一時は有力候補だったバーニー・サンダース氏と並んで急進左派の代表格の一人で、予備選では金融業界を厳しく批判していました。
今回の選挙でバイデン氏は民主党内の急進左派の支持を取り付けたことが勝因の一つとなっているだけに、サンダース氏やウォーレン氏の処遇が焦点なのです。もしウォーレン氏が財務長官に指名されれば、金融界への規制強化や厳しい増税案が具体化する可能性がありますし、バイデン政権が経済界に厳しいという方向性を示すことになるでしょう。
「バイデン大統領」第3の懸念~中国への対応は融和策に転換?
第3の懸念は中国への対応です。トランプ大統領は中国に対し制裁関税を課すとともに、中国が技術や情報を窃取しているとしてファーウエイとの取引を厳しく制限するなど強硬姿勢をとってきました。これに対しバイデン氏は「制裁関税は手法が古い」として、中国への関税を一部見直す考えを示唆しています。
バイデン氏の対外政策の基本は「国際協調重視」です。トランプ時代の「米国一国主義」に代わって、パリ協定やWHO(世界保健機関)への復帰するものと見られ、国連重視の姿勢に転換するでしょう。そのこと自体は好ましい変化と言えますが、こと中国に対しては少し甘くなることが懸念されるところです。
バイデン氏の中国政策は、他の国とも足並みをそろえながら、中国のその枠組みの中に引き入れて国際ルールを守らせる、あるいは自制を促すといった戦略をとることが考えられます。
しかしそれはオバマ政権やそれ以前の米国の歴代政権が基本的にとってきた対応で、その結果、中国の覇権主義的な膨張と強国路線を許してしまったのが現実なのです。バイデン氏の姿勢は中国に対し融和的な姿勢を示す結果となり、中国に対し誤ったメッセージを発することになりかねません。
実は、バイデン氏自身、副大統領時代から中国寄りの姿勢が目立っていると批判されており、さらに同氏の息子が中国ビジネスで利益を得ているとの疑惑が出ています。
この懸念に対し「いや、民主党、特にサンダース氏などの左派はもともと人権問題などでは厳しい姿勢なので、今後も中国に甘い態度をとると党内から突き上げられる。厳しい姿勢は継続するだろう」との意見もあります。また息子の疑惑との関連では「かえってバイデン氏が中国に融和的になりにくい要素になるのではないか」との見方もあります。
このような中、バイデン政権の中国政策を占ううえで試金石となるのが、国務長官の人事と尖閣諸島問題への対応です。
米国の外交をつかさどる国務長官の候補者の一人としてスーザン・ライス氏が下馬評にのぼっています。
ライス氏はオバマ政権時代に国連大使や国家安全保障担当の大統領補佐官を務め、オバマ大統領の腹心だった人で、中国寄りの発言が多かったことで知られています。当時の副大統領だったバイデン氏とも近く、今回の選挙戦で一時は副大統領候補の一人と目された時期もありました。そのライス氏が国務長官になれば、やはり中国への姿勢が懸念されることになるでしょう。
バイデン政権の中国政策は当然のことながら日本にも大きく影響します。経済関係では日中の関係は重要ですし、双方ともそれを望んでいるわけですが、その一方で中国の公船が尖閣諸島周辺でたびたび領海に侵入するなど東シナ海や南シナ海での海上進出を強化しています。今後、中国が海洋での活動を一段と活発化させて、バイデン政権の出方を試す可能性もあります。
尖閣問題については、トランプ大統領は就任当初から「尖閣諸島は日米安保条約第5条の適用対象」と明言し、安倍首相との首脳宣言でもそれを明文化しました。これは、もし日本の領土がどこかの外国に攻撃された場合、米国が防衛義務を負うことが日米安保条約に規定されているもので、米国が「尖閣諸島がその適用対象」と明確にしたことは大きな意味があるのです。
しかしトランプ大統領の前任のオバマ大統領はそれをなかなか明言しませんでした。結局、任期切れまであと2年の2014年になって「日米安保条約の適用対象」と発言しましたが、文書にはなっていませんでした。
しがたって日本としては、そこが再びあいまいになるようなことは絶対に避けなければなりません。最近の『日経ビジネス』(オンライン版、9月9日付)で、元駐米大使の藤崎一郎氏がその点について「尖閣諸島は日米安保条約の適用対象であることを改めて確認し言質を取っておくのが懸命かもしれません。念のため」と指摘しています。
報道によりますと、菅首相はバイデン大統領就任直後の2月訪米を打診するとのことですが、その機会に、尖閣諸島が安保条約の適用対象であることを再確認し、言葉だけでなく共同声明でも改めて明文化することが必要だと思います。
「バイデン大統領」第4の懸念~年齢、健康、リーダーシップ
第4の懸念は、バイデン氏自身の問題です。現在、77歳のバイデン氏は大統領就任時には78歳となり、歴代米大統領で最高年齢での就任となります。4年後には82歳、2期務めれば86歳です。そのうえ選挙中には演説や発言の途中で物忘れや言い間間違いがたびたびありました。
こうしたことから、果たして職務遂行に支障はないのか、4年の任期を全うできるのかなどといった心配が出ているのです。そうでなくても、もし4年の任期途中で「2期目はない」という雰囲気になれば、あっという間に求心力が低下するというのが政治の世界でしょう。
そもそも今回の選挙ではバイデン氏自身への支持というより、「トランプが嫌だからバイデン」という理由から票が集まったと言えます。今後、民主党内で左派の発言力が高まる可能性がありますし、バイデン氏がどの程度リーダーシップを発揮できるかは不透明なのが現実です。
さらに大統領選と同時に行われた議会選挙では共和党が予想以上に議席を獲得しており、上院では共和党が過半数を獲得する可能性があります。こちらも最終決着までなお時間がかかると見られていますが、上院は予算や法案、閣僚人事などで大きな権限を持っていますので、バイデン大統領の政策実現が難航することも予想されます。
こうしてみると、バイデン大統領にはかなり厳しい前途が待ち受けていると言っても過言ではないでしょう。
メディアの報道ぶりにも要注意
最後に、最近の米国のメディアの動きについて一言。CNNやニューヨーク・タイムズなどの主なメディアのほとんどは完全に「反トランプ」になっています。それは「トランプ大統領への「批判」といった次元を通り越して、「攻撃」と言ってもいいぐらいの内容で、逆にバイデン陣営に露骨に肩入れしていた印象です。
米国のメディア界では特定の候補の支持を表明することは珍しくありませんが、それでも報道内容においては両候補を公平に扱ったうえで支持や批判するのがメディアのあるべき姿のはずです。しかし実際には報道全体が「反トランプ」となっていて、バイデン氏の不利になるような報道、たとえば前述の息子の疑惑などの情報はほとんど取り上げていなかったそうです。
これは大統領選以前から強まっていた傾向です。もちろんトランプ大統領の乱暴な言動には問題が多いのは確かですが、だからと言って同じようにトランプ大統領への攻撃を繰り返していては、もはやメディアの基本を逸脱していると言わざるを得ないでしょう。批判するにしても、もっと冷静に批判すべきだと感じています。
しかし日本のメディアも、そうした米国メディアの報道をベースにして記事にしているケースが多いのが実情です。この問題は、いずれまた別の機会に詳しく論じたいと思いますが、私たちはそうしたフィルターを通した情報を目にしているということを十分認識して、メディア報道に接する姿勢が必要だと強調しておきたいと思います。
【11月12日追記】菅首相とバイデン氏が12日に電話会談を行い、その際にバイデン氏は「尖閣諸島は日米安保条約第5条の適用対象だ」と言明しました。日本としてはこれで一安心。中国や国際社会に対しも明確なメッセージになったと思います。あとは、来年2月頃の菅首相訪米の際に共同声明などの文書の中に明記することが重要です。