皆さんはネルドリップのコーヒーというと、どのような印象をお持ちだろうか。専門性が高く、喫茶店でしか楽しめないもの、といったイメージではないだろうか。しかし、「ネルはやっぱりおいしい」と根強いファンが多いのも確かな事実。そこで今回からは3回にわたって、難易度の高さを承知でネルドリップに挑戦する。ネルの扱い方やドリップの方法は、1969年創業で茨城・ひたちなか市に本店を構えるコーヒー専門店「サザ コーヒー」の鈴木太郎さんにお聞きした。

味をコントロールしやすいネルドリップ

早速「いざ、ネルドリップに挑戦!!」といきたいところだが、実際に抽出を行う前に、ネルならではの大切な準備作業がある。このあたりが、家庭でコーヒーを淹れる際にネルドリップが敬遠される理由の1つなのかもしれない。皆さんが「面倒臭いんだったらネルはやめておこう」と思う前に、鈴木さんにネルのよさを少し語っていただく。

サザ コーヒー社長室長の鈴木太郎さん

茨城・ひたちなか市にある「サザ コーヒー本店」

「1969年の創業当初はサイフォンを使っていましたが、20年ほど前からネルを使うようになりました。ネルの良さは、なんといっても自分好みのコーヒーが淹れられる点にあります。湯の温度や豆の焙煎度合いといった違いが反映されやすく、"コーヒー通"にはうってつけの抽出器具といえます」。

ネルドリップのコーヒーには、ネルならではのおいしさがある

「私たちのお客様にアンケートを実施したところ、家庭でネルを使っているのは全体の2%ほど。やはりプロ向けの抽出器具といったイメージが強いのでしょう。しかし、ネルドリップならではのおいしさを様々なシーンで楽しむためにも、ぜひ家でネルを使ってもらいたいですね。それに、ネルを使っているだけでプロっぽくなるじゃないですか。冗談で言っているのではありませんよ。"雰囲気"もコーヒーを淹れる上では大切ですからね」。

鈴木さんのネルに対する情熱が伝わったであろうか。ここからは、準備作業の解説をしていこう。

「そもそもネルドリップの"ネル"とはネルシャツなどに用いるネル布(羊毛織布)のことを意味します。最近では綿を使うことが多くなり、ネルドリップのネルとは一般に『綿のフィルター』の事をさすようになりました」と鈴木さん。

鈴木さんが使用するネルはカリタの「手付き濾布(小)4~5人分」

サザ コーヒーは現在、東京や茨城で7店舗のコーヒー店を展開しており、ネルドリップを行っているのは本店を含めて4店舗。使用しているネルはカリタの「手付き濾布(小)4~5人分」だ。その理由としては、「このネルは他のネルに比べて深さがあります。コーヒーの粉と湯が長時間接しているので、抽出効率がよいのです。慣れていない人でもおいしく淹れることができますよ」。

右側がカリタのネルで、左側に写っている他社のネルより深さがある

新品のネルを実際に触ってみると、内側は起毛でネルシャツのような感触、外側は帆布のような、やや硬めの手触りだ。「糊がついているので、このような手触りになります。このまま抽出すると、糊の嫌なにおいが抽出したコーヒーに移ってしまいます」。

コーヒーでネルを煮る

そこで、鈴木さんはネルの糊を落とすために、出がらしのコーヒーでネルを"煮る"という工夫をしている。その作業の手順を追っていくとしよう。

1.コーヒー(出がらしで可)を入れたサーバーに、新品のネルを入れる。サーバーを火にかけ、数分したら火からおろしてコーヒーを捨てる。ネルを水洗いしたら、再度サーバーにネルとコーヒーを入れ、数分間火にかける。火からおろしたら、しばらくそのままにして置いておく。
2.ネルを取り出し、タオルで水分を取る。
3.ネルをビニール袋に入れ、コーヒーを少量入れて封をする。これを冷蔵庫に入れて保存しておく。コーヒーを少量入れるのは、ネルに冷蔵庫のにおいが移るのを防ぐ目的と、乾燥を防ぐ意味合いがある。

以上が新品のネルを使う際の準備作業である。サーバーによっては取っ手のプラスティック部分が溶けてしまうおそれもあるので、鍋を使ったほうが安心だろう。

ネルの扱いで特に注意したいのは、「乾燥を防ぐ」という点。ネルにはコーヒーの旨み成分である油分が吸収されており、乾燥するとその油分が酸化する。それによってコーヒーの風味が損なわれてしまうので、保存の際に少量のコーヒーを入れている。また、鈴木さん曰く、「ネルを洗剤や石鹸で洗うのはNG」。ネルは布なので、石鹸などの匂いを吸い込んでしまうからだ。

これらの注意点を踏まえて、次回はいよいよコーヒーの抽出!!

写真:キミヒロ