漫画家・コラムニストとして活躍するカレー沢薫氏が、家庭生活をはじめとする身のまわりのさまざまなテーマについて語ります。

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今回のテーマは扇風機である。

霊柩車を見たら親指を隠すなど、無根拠とわかっていても子どもの頃に信じ込んでいたことというのは大人になっても消えないものである。

ちなみに、警察の前で早足になったり、「なんだ警備員か」と安堵するのは大人になってからの習性であり、逆に他人が自分を見たら財布を隠すようになったりと、人に習慣を与える側になったりもする。

おそらく、エアコンや扇風機に対する考え方、というのは世代によって違うと思う。

我が実家にも1部屋だけエアコンがあったが、当時はエアコンなどとは呼ばれていなかった。

だからと言って「クーラー」でもない、当然「冷房」である。

みなさんはエアコンの色と言ったら何色を思い浮かべるだろうか。

おそらく大半の人は「白」だと思う。だが我が家の冷房は「茶色」であった。

それもセピアなどという生ぬるい物ではなく「こげ茶」だ。清涼感のかけらもない。

そして、そのエアコンは夏だからと言って使われるというものではなかった。

ではいつ使うかと言うと、「使わないと死ぬ時」だ。

現在の夏は基本的にエアコンをつけないと死ぬが、30年前ぐらいは、死ぬ日と死なない日があり、熱中症という言葉すらまだなかったのだ。

だから当時の感覚のままの老が「我々が子どものころはエアコンなどなくても平気だった」という理由で教室へのエアコン設置に反対したりするのである。

今の夏が昔の夏と暑さが違うことぐらい老もわかっているだろう、と思うかもしれないが、残念ながらわかっていないのである。

単純に何十年も前の夏の暑さなど憶えておらず、ただ「俺たちは我慢強かった」という、ないはずの記憶のみが残っているせい、というのもあるが、年を取ると暑さ寒さを感じる能力も衰えてしまうのだ。

熱中症にかかっていることにすら気づかないままに「自分が冷たくなる」という方法で避暑してしまう老も少なくはないのである。

よって年を取ったら「いきたくなくてもトイレに行っておく」のと同じように「暑くなくてもエアコンを入れ、水を飲む」ことが大事になってくる、漏れたり死んだりしてからでは遅いのだ。

また、昔滅多にエアコンをつけなかったのは「電気代が高い」というのもあった。昔の冷房は今のエアコンより電気を食うものだったのだ。

よってエアコンは「このままだと最年長のババアが死ぬな」という暑い日か「花火大会の日」など特別な日のみに使われるものだった。

私の誕生日が11月でなければ誕生日には「1日エアコンつけ放題」を要求していたと思う。

では、ババアが死なない程度の暑い日はどうやりすごしていたかというと主に「扇風機」である。

だが当時は「扇風機をつけたまま寝ると死ぬ」という考えが主流だったため、就寝時は扇風機は切り「窓を開けて寝る」という、逆に生命を危機に晒しそうなストロングスタイルで寝ていた。

今はさすがに窓を開けて寝たりはしないが、それでも「エアコンは高い」「扇風機をつけたまま寝ると死ぬ」というイメージは残り続けてしまっている。

よって、家を建てた時も「もったいない」という理由で仕事場にエアコンをつけなかった。そのせいで夏場は事務所の空調を止められた時の手塚治虫リスペクトスタイルで仕事をする羽目になった。

その後無職となり、一日中部屋にいるようになったのを機にエアコンを設置したのだが、結論からいうと電気代はそこまで変動しなかった。

「エアコンは高い」という時代は完全に終わっていたのである。

よって今では毎日遠慮なくエアコンを使ってはいるのだが、どうやら私のエアコンには温度設定が「暑い」と「寒い」しか存在しないらしく、暑くなってはつけ、寒くなっては消し、を繰り返した結果、部屋の湿度が「水槽」になってしまい、極めて不快である。

また最近は扇風機よりも「エアコンをつけっぱなしで寝た方が死ぬ」と言うのが主流になっているため、寝る時はエアコンではなく扇風機を使っている。

しかし「扇風機をつけたまま寝る」という、古の記憶もそう簡単に消えるものではない。 よって、扇風機もタイマーで切れるようにしているのだが、タイマーが切れると当然寝苦しくて起きてしまうのだ。

そしてタイマーを延長してはまた起き、また延長するを繰り返すため実質一晩中扇風機をかけて寝ているのと変わらなくなっている気がするのだが、残念ながらまだ1回も死んでいないため、おそらく扇風機ではそう簡単に死なないと思われる。

ちなみにエアコンをつけっぱなしで寝るのは体に悪いと言うのも誤りではないが、最近は夜中の気温も上がっているため「エアコンをつけないで寝ると死ぬ説」も浮上してきている。

結論としては「人間何をやっても死ぬときは死ぬ」なので、あまり神経質にならず、日々を快適に過ごすことを考えた方が逆に死なないような気がする。

ストレスでも人は死ぬのだ。