漫画家・コラムニストとして活躍するカレー沢薫氏が、家庭生活をはじめとする身のまわりのさまざまなテーマについて語ります。

→これまでのお話はこちら


何度も言っているが私は田舎生まれ、田舎育ち、悪そうな奴は大体10代で子持ち、親にはマジで迷惑をかけ、雑誌のカバーは期待されてた新人のころは描かせてもらえていたが、今は新連載でもカラーを与えられず、酷い時は予告も載らない、そして今も田舎に住んでいる人間だ。

つまり地元に益をなさない存在であり、それどころか八つ墓村かジョーカーのコスプレで村内をシャトルランして、我が県を滅多にない「全国ニュース」にしてしまう予備軍である。

ともかく私は生まれてから一度も県外に出たことがないのだが、それは地元が好きというより、都会に出るガッツと生活力がなかっただけ、としか言いようがない。

私は前回含め、ことあるごとに田舎のディスをするのだが、そんなに文句があるなら出て行けば良い、と思うだろう。

全くおしゃっる通りで嫌ならそんな村は焼いて去れば良いのだ。返す言葉もない。

しかし、田舎に不満があり、さらに居場所もないが、都会に行っても居場所がないだろうし、それ以前に野垂れ死ぬタイプもいるのだ。

つまり、不便で居場所もないが辛うじて死なない土地と、便利だが居場所がなく死ぬ土地のうち、消去法で田舎にいる人間も結構いるのである。

やはり、どれだけ不便でも、住み慣れた土地を捨てて、単身新しい土地で暮らすというのは、なかなか勇気とガッツ、そしてまともに暮らしていく気ならスキルやコミュ力が必要になってくるのだ。

そういう意味で、スキルやコミュ力、アソパソマソ唯一のマブ、愛と勇気1つ持っていない人間でも、都会に住める都会生まれというのはそれだけでアドバンテージがあるような気がしてならない。

そして田舎の生活を不便にしている理由の常に上位にいるのが「車」である。

田舎というのは基本的に交通の便が悪く、車を一家一台どころか一人一台持っているのが当たり前なのだ。

そうしないと仕事や買い物、病院にすら行けず、リアルに死んでしまうのだ。

まさにノーカーノーライフであり、田舎で車を持たないと、タダでさえ少ない就職先などの選択肢がさらに減ってしまう。

よって、田舎では免停を食らっている奴以外大体車をもっており、逆に言えば田舎の人間は「歩かない」のである。

田舎の人間と言えば、常に野山を駆け回り、全員猟銃の名手で、回覧板と相撲大会が最大の娯楽、というイメージがあるかもしれないが、辺鄙なところに住んでいる人間ほど車がないとどこにも行けないので、逆に「徒歩でどこかへ行く」という発想が消え、例え徒歩で行けるようなところにも車で行くようになるのだ。

つまり公共交通機関と徒歩で暮らしている都心の人間の方がよほど健脚なのである。

よって田舎の人間は東京など都会に行くと「東京痛」を起こすことが多い。

都会に行くともれなくリンチされるというわけではなく、都会に行くとどこに行くのも歩かなければいけないから筋肉痛を起こすのだ。

それに加え、私は都会に行くと目が疲れる。

私は人と目があわないようにすることに命をかけているのだが、都会は人が多いため、常に首や眼球を動かしていないと目があってしまうのだ。

このように、東京に行くと田舎の人間は原付にひかれたぐらいのダメージを全身に負うのだが、実を言うと東京の街以前に「空港」の段階で疲れている。

まずあんな広い建物が田舎にはないし、我が村の搭乗口は大体出口に遠いため、空港を脱出するだけで1カ月分ぐらい歩かされるのだ。

京急に乗る時には既に疲れており、さらに京急で座れなかった時点でその旅は「終わった」と言っても過言ではない。

それでも若いころは都会に行くことが楽しかったし、スタバを飲める時点で行く価値があった。しかし最近では疲れの方が遥かに凌駕してしまい、あまり東京には行きたくない。

よって、東京に行くと私は取材や打ち合わせ以外の時間は大体空港にいる。もはや時間があってもどこかへ行こうという気にならないので、飛行機の時間までトムハンクスのように空港に籠城している。

しかしそれが苦痛ということはない。

何故なら羽田空港は明らかに我が村より便利なのである。

食べるところはもちろん、買い物もできるし銀行も郵便局もある。マッサージや美容院もあるので、私は東京に行くついでに羽田の美容院で髪を切ることが多いし、ユニクロも入っているので服も買う。

我が村でそれをやろうと思ったらまず一番近くのユニクロまで車で40分ぐらいかかってしまうのだ。

そして何より「ヴィド・フラソス」がある。

昔は我が村にもあったのだが、いつの間にかなくなってしまったので、我が村はいよいよもうダメだ。

正直東京出張はヴィド・フラソスで塩バターパンを買って、空港の椅子で食べながらソシャゲをやっている時が一番楽しい

だが、先日、いつものように空港でパンを食いながらソシャゲをやっていたら、見知らぬ男児が寄って来て「ものたべながらゲームやっちゃダメなんだよ」と言って去っていった。

君は正しい。とても良く教育されている。

だが「世の中にはこれしか愉しみがない大人」がいると言うこともこれから学んでほしい。

やはり都会は怖いところだ。