まこちゃんとの出会いは本とブログ

車が激しく往来する大通りを一歩入ると、小路の先にその一角だけまるでヨーロッパの街角のような建物が現れた。ここだ。メモにあるまこちゃん宅の住所だ。見上げると、大きく開いた二階の窓から、一匹の猫が見下ろしていた。白と黒のコンビネーション、「あっ、まこちゃん! 」と思ったが、顔が違う。ブログや本で見たあの「不思議顔」ではない。末っ子の「しろたろ」だ。突然現れた訪問者に、しろたろはニャーと歓迎のひと鳴きをくれた。

まこちゃんを知ったのは、本屋の店頭だった。不思議な顔をした猫の表紙。思わず手に取ってしまった。微妙にバランスが崩れたその顔は、ちょっとウマヘタの絵のようで、深い味わいがある。おかしな顔だなと思いながらも、妙に気になる。役者でいえば、二枚目ではなく個性派俳優。見れば見るほど味が出る。さっそくレジで買い求めると家に帰り、ブログのURLを開いてみた。タイトルは、書名と同じ「まこという名の不思議顔の猫」。

いるいる、まこちゃんがいる。2006年5月最後の日にスタートしたそのブログには、まこちゃんの成長と日々の暮らしぶりが、写真とともに愛情いっぱいに綴られていた。その日から、一日に一度、このブログを訪れるのが日課になった。まこちゃんは元気かな。今日は何してるかな。まるで友だちの家を訪ねて、愛猫のご機嫌を伺うかのように、まこちゃんと会うのが楽しみになった。

里親サイトで見つけたブサイクなネコ

朝の陽射しがいっぱいにふりそそぐ2階のリビングに、まこちゃんがいた。何者かと気になるらしく、ゆっくりと寄ってくる。差し出した手に頬をすりつけてくれた。どうやら、歓迎されているらしい。そこへ、もう一匹が邪魔をするかのように体当たりした。さっき窓から見下ろしていたしろたろだ。ゆったりと動くまこちゃんに対し、しろたろはまるでピンボールゲームのボールのようにあちこちぶつかりながら激しく動き回る。白黒の模様はよく似ているのに、性格はまるで正反対。いかにもヤンチャな弟といったところだ。

グラフィックデザイナーの岡優太郎さんと服飾デザイナーの前田啓子さん夫妻の家にまこちゃんがやってきたのは、5年前のこと。しばらく猫を飼っていなかった飼主夫妻が猫を飼いたくなり、だったら里親はどうかと、猫の里親探しサイトを訪れたのがきっかけだった。パソコン画面には、たくさんの猫の写真が映しだされた。どれも捨てられた猫たちだ。驚いたことに、アメリカンショートヘアやアビシニアンといった人気ブランドの猫もいっぱいいる。どの猫も可愛くて、思わずもらいたくなる。案の定、可愛くて、歳の若い猫から順に里親が決まっていった。

そんな画面を見ていて、夫妻にはどうしても気になる一匹がいた。プリントアウトしてあらためて紙で眺めてみる。やはりどうしてもその猫に視線がいく。名前は「まこ」とある。どうみてもブサイクだった。ガリガリにやせ細って、あちこち毛が抜けている。ペルシャミックスというふれこみだったが、夫妻にはどうみてもスティーブン・スピルバーグ監督の映画に登場する「E.T.」にしか見えない。他の猫は、必ず貰い手が現れると安心できたが、まこだけは無理だと思えた。どうせ貰うなら、他人がもらわないコイツにしよう。夫妻は、なぜか初めからまこに決めていた。

さっそくボランティアの獣医さんのところへ会いにいった。まことのご対面。ところが、まこは何も反応を示さない。他の猫たちは、ニャーニャー鳴きながらすり寄ってくるというのに、肝心のまこは知らんぷり。ずっとぼんやりしているだけだ。無理はないかもしれない。保護される前のまこは、大きな檻に100匹くらい詰め込まれ、劣悪な状況の中にいたらしい。食べものもろくに与えられなかったと見え、おそらく一歳くらいといわれる割には、赤ちゃん猫のように小さかった。しかし、夫妻の思いに変わりはない。まこの里親になって、家に連れ帰った。

まこちゃんの優雅な一日

まこちゃんの一日は、夫妻の目を覚ますことからはじまる。階下から寝室に上がってくるが、決して声は出さない。メガネとか時計とか、何か目についたものを落としたりしてアピールする。なかなかテクニシャンだ。夫妻が起きると一緒にキッチンに行き、朝ご飯をもらう。お腹がいっぱいになったら、朝日を受けながらリビングで毛づくろいしてから、ゴロリと寝転ぶ。スツールがお気に入りの定位置だ。たまに、しろたろに急襲されることもあるが、ここにいればだいたい安全だ。

夫妻が出かけたり、お客様が来たり、そんな度にまこちゃんはスツールから飛び降りて一階まで階段を駆け下り、玄関でお出迎え、お見送りを欠かさない。実に律儀。たまに長期に渡って海外に行ったりすると、帰ってきたときのお出迎えは、ふだんより一層の歓迎ぶりだ。ただ、たまに出迎えない客、見送らない客がある。まこちゃんは、何を理由に区別しているのか、何か気に入らないことでもあったのか。夫妻にもその理由は定かではない。今日はどうだろうと心配したが、取材が終わって帰るとき、まこちゃんはきっちり玄関まで見送ってくれた。

夜、夫妻が寝室へ引き上げ、一日中うるさくつきまとったしろたろも一緒に消えると、まこちゃんは広いリビングにひとり残される。一日が終わり、やっと自分だけの時間だ。何だか近頃見知らぬ人がいっぱいやってくる。やけに写真も撮られる。まあ、いいわと、まこちゃんはゴロリ横になる。夫妻はやさしいし、しろたろはうるさいけど可愛いし、今日もいい一日だった。まこちゃんは、いつしか寝息を立てている。本を3冊出版し、DVDも出した。日本各地のイベントにも引っ張りだこだ。生死をさまよっていたガリガリのネコが、今やこんな有名ネコだなんて、まこちゃんは知る由もない。

(つづく)