悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、「書評執筆本数日本一」に認定された、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、「自己肯定感が持てなくてつらい」と悩む人へのビジネス書です。
■今回のお悩み
「自己肯定感が持てなくてつらい」(31歳女性/経理関連)
ここ数年の間に、「自己肯定感」ということばを聞く機会がずいぶん増えたような気がします。流行語のようにすらなっているので少しばかり複雑な心境ではありますが、とはいえ、それだけ自分を肯定できない人が増えているのはたしかなのでしょうね。
しかしそもそも、人間はそう簡単に自分のことを肯定できるものではないはず。「自分って落ち度がなくて最高!」などと思っている人がいたとしたらそっちのほうが危ないわけで、そういう意味では「自己肯定感が持てなくてつらい」と考えるのは自然なことであるとも解釈できるのではないでしょうか?
でも、苦しい気持ちはやっぱりなんとかしたいですよね。
容姿や学歴、仕事の能力についてなど、私たちはいろいろなことでコンプレックスに悩まされるもの。「ほかの人にくらべて、私はここがダメ」というように、内面に屈折した思いを抱えている人は多いわけです。
では、そんな厄介なコンプレックスをどう扱えばいいのでしょうか?
人間関係に「ありがとう」の気持ちを
『困ったときは、トイレにかけこめ! アドラーが教える こころのクセのリセット術』(星一郎 著、晶文社)の著者はこのことに関連し、「心を変えるためには"行動"を変える」という法則が重要なのだと主張しています。
自分が持っている劣等感を、成長するための行動につなげようという考え方。
まずは、今の自分自身への満足度が10段階でどのくらいかを考えてください。「3」だとしたら、どうすれば「4」になるかを具体的に考えてみましょう。職場での評価が上がれば満足度が上がると思うなら、あなたの仕事の知識や技術を磨きます。見た目で女子力をアップしたいなら、ファッションやヘアスタイルを変えてみるのもいいでしょう。(75〜76ページより)
ここで大切なのは、一度に「10」を目指すのではなく、ワンランクアップすることだけを考えるべきだという点。そうすれば、「いま、なにをすればいいのか」が具体的に見えてくるわけです。
それがわかれば、あとは実行あるのみ。実際に行動してみれば、ネガティブな心は自然に遠のいていくものだといいます。
コンプレックスは、人間関係の問題にも根づいています。コンプレックスを抱えやすい人は、人間関係を「勝ち」「負け」で考える傾向があります。何か優れたものを持っている人に対して、素直に憧れる気持ちよりも「負けた」という気持ちが先立ち、そんな「私はかわいそう」という心理が出てくるのです。(76ページより)
しかし実際のところ、人の能力や資質は千差万別。したがって「勝ち」「負け」ばかりではなく、互いの長所を組み合わせ、強調することこそが大切なのです。
なぜなら、そうすることで世の中は成り立っているのだから。
自分より優れているように見える人だって、もしかしたら自己肯定感を持てずに悩んでいるかもしれません。多かれ少なかれ、誰もが同じようなことで苦悩している可能性は充分にあるのです。
だとすれば著者がいうように、「協調」すれば多くのことが解決できるかもしれません。
また、そのことに関連し、著者は相手に対して「ありがとう」と伝えることの価値も強調しています。組織内においてはとかく勝ち負けにこだわってしまいがちですが、「ありがとう」でつながる人間関係のほうが素敵だと。
「ありがとう」の関係が増えるほど、コンプレックスの居場所がなくなっていくのです。(77ページより)
これは決して、理想論的な考え方ではないはずです。人に感謝できるということは、それだけ自分が成長できたということでもあるはずなのですから。
「セルフトーク(独り言)」を変える3つの原則
ところで『立ち止まってもすぐに前進できる 「打たれ強い心」のつくり方』(田中ウルヴェ京 著、日本実業出版社)の著者によれば、思考の癖と口癖は連動しているようです。
私たちが普段、何げなく自分自身に語りかけているセルフトーク(独り言)は、実はその人の意識や価値観を表わしています。
そのような重要な役割があるため、セルフトークは、ストレッサー(刺激)を評価するという重要な役目も果たしています。
では、ストレッサーを評価しているセルフトークが、とてもネガティブなものであったら……?(60ページより)
たとえば今回のケースでいえば、「なぜ自分は自己肯定感を持てないのだろう」と解釈しているということ。しかしそれでは、ますます落ち込んでしまったとしても無理はありません。
そこで、セルフトークを変える必要があるのです。
思考の癖の産物であるセルフトークを変えていくには、次の3つの原則を用いるべきだと著者はいいます。
原則1「自分の意見と事実」はとりあえず認める(73ページより)
セルフトークには自分の意識や価値観が内包されているため、それを真っ向から否定してしまったら、逆に自信がなくなってしまうもの。
「一生懸命やったのに、仕事がうまくいかなかった。もうダメかも……」というネガティブなセルフトークを発したなら、仕事がうまくいかなかった事実は事実として認めるべき。
そして「たしかにうまくいかなかったけれど、失敗は誰にでもあるし、そこから学べばいい。ダメじゃない」と逆説のセルフトークを展開するのです。
原則2「いま、ここ」で考える(74ページより)
ネガティブなセルフトークは、「今後もそれがずっと続く」というような解釈につながってしまいがち。しかし、過去にあったことがずっと続くとは限りませんし、悩んでも過去は変えられません。
大切なのは、「物事を一時的、特定的に捉える」こと。過去や未来を考えても解決につながらないことは考えすぎず、「いま、ここ」でできることに集中することが大切であるのです。
原則3「建設的、理論的なセルフトーク」を心がける(75ページより)
ネガティブなセルフトークは、建設的、理論的な考え方からはほど遠いもの。そこで、「いままで失敗したからまた失敗する」というような非論理的な要素を排除することが必要。そうするだけで、ポジティブなセルフトークへ転換することができるのです。
あえて自己肯定しないことの大切さ
さて、最後にご紹介する『自己肯定感という呪縛』(榎本博明 著、青春新書)には、「『自己肯定感が高くないと幸せになれない』という幻想」という章が設けられています。
これは、たしかに重要な指摘なのではないでしょうか?
たしかに自己肯定感が高いほうが楽かもしれませんが、「自己肯定感が高くないと幸せになれない」というのは幻想、もしくは極論に違いないのですから。
そして見逃すべきでないのは、著者がここで「あえて自己肯定しないことの大切さ」を説いている点です。
重要なのは、うわべだけの自己肯定感に振り回されずに、心の強さや、苦しい状況下でも前向きにがんばっていく姿勢を持つこと。しかしそれは、ただ自分の現状を肯定しているだけで身につくものではないでしょう。
自己肯定感が持てなければ、たしかに苦しいはず。だからこそ、一歩先へ踏み出すことが大切なのです。
自分の現状に「このままではダメだ」と思い、もがき苦しみながら自分の道を見つけ、軌道修正する。しばらくすると、また「このままではいけない」という心の声が聴こえてきて、再度もがき苦しみながら自分の道を見つけ、軌道修正する。そうしたことの繰り返しが「自分の人生」を歩むということではないでしょうか。(105ページより)
加えて著者は、「自分の現状をそのまま肯定するだけでは、なかなか自分なりに納得できる人生になっていかないように思う」とも述べています。
現状に甘んじ、いまの自分を肯定することでうわべだけの自己肯定感を維持しようとしても、真の自己肯定感は手に入らないのだと。
つまり、「自己肯定感が持てればよい」という単純な話ではないのでしょう。
たしかに、もがき苦しむことは楽ではありません。しかし、もがき苦しみ、自分はどうあるべきかということについてしっかり考えてこそ、「真の自己肯定感」に行き着くことができるのです。