悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、「書評執筆本数日本一」に認定された、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、新人の育て方に悩む人へのビジネス書です。

■今回のお悩み
「新人を育てるには? 厳しく育てるとすぐ退職していく」(64歳男性/営業関連)


ただでさえ、人を育てるのは大変なこと。育った環境も経験も価値観も異なるのですから当然の話です。ですから、部下の教育に関するお悩みが多いことにも納得できるわけです(うれしい話ではありませんけど)。

ましてや相手が新人となると、"育てる難しさ"はさらに大きくなっていくことでしょう。新人である以上は人生経験が少なく視野も狭いので、なにかと反発されたり抵抗されたり、ご相談にあるようにすぐ辞めてしまったり……ということも考えられるからです。

しかもご相談者さんは営業職ということなので、ことさら困難は多そうです。本当は厳しくしたいわけではないでしょうが、それでもあえて厳しくしなければいけないことだってあるはず。ところが、そんな気持ちは伝わりにくいものでもありますからね。

厳しすぎても抵抗されるし、優しすぎても軽く見られる……というわけで、なんとも難しいところです。

部下へのことばの伝わり方を意識する

いずれにしても、思いを伝えるために大切なのは「ことば」ということになります。しかし、そこが難しくもあるのです。『どう伝えればわかってもらえるのか? 部下に届く 言葉がけの正解』(吉田幸弘  著、ダイヤモンド社)の著者も、研修やコンサルティングなどを通じ、「部下にどういうことばを使ったらいいかに悩むリーダーを数多く見てきたそうです。

  • 『どう伝えればわかってもらえるのか? 部下に届く 言葉がけの正解』(吉田幸弘  著、ダイヤモンド社)

言葉は「武器」にもなるし、「凶器」にもなります。
いい言葉は部下のモチベーションを上げ、成長を加速させます。
その一方で、言葉が部下との信頼関係を壊してしまう例は枚挙に暇がありません。(中略)
きちんと納得感のある言葉を伝えるリーダーもいれば、曖昧な言葉で伝えるリーダーもいて、「言葉」の重要性が高まっていると感じた方も多いのではないでしょうか。
これらが示すのは、心を動かす「言葉がけ」のできるリーダーに部下はついてくるということです。(「はじめに」より)

だからこそ、リーダーは「ことば」を磨く必要があるという考え方。単に伝えればいいということではなく、"相手への伝わり方"を意識する必要があるのでしょう。

したがって、ことばをかける前に、それが相手にどのような影響を与えることになるのか、客観的な視点でシミュレーションをすることが大切。逆にいえば、リーダーのひところが部下を勇気づけ、やる気を後押しし、成長させられる可能性もあるわけです。

そのためのさまざまな手段を紹介している本書のなかで注目すべきは、"否定に弱い部下"に対する対応です。そういうタイプの部下にいきなり改善点を伝えても、「わかっています」などといって防御してくる可能性があるというのです。

そこで著者が強調しているのは、「警戒心を解くこと」の重要性。

最初は「褒めて」、そのうえで改善点を伝えるようにします。
部下が「指摘を受け入れられる態勢をつくってあげる」のです。褒めたうえで弱みの改善のアドバイスをするようにしましょう。
なお、弱みを改善したいときは、「◯◯ができていない」ではなく、「◯◯ができればもっとよくなるよ」と未来に向けた言い方にするといいでしょう。(171ページより)

「先日の会議の発表だけど、グラフがわかりやすかったよ(褒める)。◯◯ができればもっとよくなるよ」というように、まず褒めてから、伝えておくべき必要なことをアドバイスするのです。

否定に弱い部下は、いきなり改善点を伝えると落ち込んでしまいがち。ましてや厳しくすれば、さらに意気消沈してしまうかもしれません。そこで、最初に褒めて"受け入れ態勢"をつくるべきだということです。

自分の非は素直に認めて自分から謝る

このように、当たり前でありながら、上司の立場ではなかなか気づけない(しかし大切な)ことはあるもの。たとえば、"素直に謝る"こともそのひとつではないでしょうか?

『リーダーシップがなくてもできる 「職場の問題」30の解決法』(大橋高広 著、日本実業出版社)の著者も、その点に着目しています。

  • 『リーダーシップがなくてもできる 「職場の問題」30の解決法』(大橋高広 著、日本実業出版社)

仕事の現場において、上司と部下の意見が食い違って対立が生じることもあるはずです。問題はそんなとき、頑なに「部下のほうから折れるのが筋」と考えている上司がいること。

でも、そういった態度は職場内でのアンチを増やすだけ。上司にとっては一方的な損となってしまうこともありうるのです。ですから、自分の非は素直に認めて自分から謝ってしまうのが得策。

立場が上の人が折れると、「そこまでするのなら」という雰囲気が生まれます。その姿を見て、部下のほうが改心することもあります。実は、自らの非を認めて素直に謝るだけで人間関係は劇的に改善します。(170ページより)

「そういわれても、簡単なことではないよなぁ」と思われるかもしれません。しかし、それはプライドが邪魔しているからではないでしょうか? 著者も、素直に謝るためには見栄やプライドを捨てるべきだと主張しています。

見栄やプライドを捨てると、普段の振る舞いにも変化が生まれます。部下に対して、「わからないことはわからない」「教えてほしい」という謙虚な姿勢で接することができるようになります。結果として部下から好かれるようになります。
しかも、若い世代が得意とするITの知識など最新の情報を知ることができ、自分自身を成長させ続けられるのです。(171ページより)

また、謝るだけでなく、改善することも大切。なにを改善すればいいのかを具体的に理解できない場合は、素直に部下に聞いてみることも必要だということです。

上司と部下の溝が深い場合には、それなりの時間がかかってしまうかもしれません。しかし重要なのは、上司の謙虚さと真剣さが部下に伝わることです。たとえ時間がかかろうとも伝わりさえすれば、部下は次第に協力的に動いてくれるはずなのです。

毎日1分「部下ノート」に記録する

『1万人の部下をぐんぐん成長させたすごいノート術 部下ノート』(望月禎彦、髙橋恭介 著、アスコム)の著者は、「できる社員」を増やすことを目的とした支援を、約30年間にわたり、300社以上で行ってきたという人物。

  • 『1万人の部下をぐんぐん成長させたすごいノート術 部下ノート』(望月禎彦、髙橋恭介 著、アスコム)

そんな経験から、部下の育成に関しては「基本的には、いまいる"できない"部下を手間暇かけて育てていくしかない」と主張しています。他人はなかなか変わってくれないからこそ、早く部下を成長させるためには、自分が「できる部下」に育てられるようなアプローチ方法を身につけなければならないのだとも。

つまりは、どういうことばがいいかを考え、ひとりひとりに合った指導をすればいいのです。そして、そのための手段として勧めているのが、毎日1分だけ"部下ノート"を使ってみること。

部下ノートは、著者が多くの悩める上司、部下と触れ合うなかで試行錯誤を重ねて生み出したものだそう。簡単にいえば、「どういう指導をしたか」を記録するということ。そうすれば、「次にどういうアプローチをすれば成果を出せるか」を考えるための貴重な資料になるわけです。

上司は、自分が部下に対してどんなアプローチをしたのかを意外と覚えていないものです。しかし部下ノートをつけると、場当たり的に行っていた指導が可視化されるため、精度の高い"次の一手"が打てるようになるのです。

部下ノートを使って、定期的に部下の行動と自分の指導方法をチェックし、「どういうアプローチをしたらいいのか」を見直すことができます。
これを繰り返していくことで、その人にとってベストなアプローチ方法が見つかり、驚くほど部下が成長していきます。(中略)
1日1行で構いませんし、慣れるまでは、単なる悪口でも構いません。
部下のことをよく見る癖を、そして部下のことについて、毎日記録する習慣をつけましょう。(「はじめに」より)

早ければ1週間で部下に対する見方が変わり、アプローチ方法が変化するのだとか。さらに3カ月間描き続ければ、変化が明確に成果となって現れるそうです。

ご相談内容にもあるように、すぐに辞めてしまう若手社員も少なくありません。しかし上司にとっても会社にとっても、いまいる部下を「できる部下」にすることがなにより重要。そうすれば、すぐに辞めていくようなことも少なくなるはずです。そこで、部下ノートが役立つというわけです。

部下ノートに記録される部下の行動には、辞める理由が見え隠れしています。上司への不満なのか、会社の待遇に対する不満なのか、職場の人間関係が悪いのか、与えられる仕事に満足していないのか。(49ページより)

部下の心の状態がわかるようになれば、上司としても手を打つことができるようになるはず。その結果、部下にも"辞める理由"がなくなるかもしれません。そうすれば、仕事に対するネガティブな感情も消え、向上心も芽生えてくるということです。

部下ノートの書き方や活用法が克明に解説された本書を参考にしながら、まずは実際に書いてみてはいかがでしょうか?